恋愛はすべての生物が命がけで行う一番残酷な戦争である――人間の恋愛を生物学でシュールに解説する『あくまでクジャクの話です。』
PR 更新日:2024/5/23
恋人がいなくても楽しく生きられる時代。結婚が、子どもがいることだけが幸せじゃない。
男女ともにそんな価値観が広まりつつある昨今。とはいえ、誰かと恋したい! 彼氏・彼女が欲しい! 結婚したい! と思う人もまだまだ多いはず。そんな人にとって、「恋人にフラれた」「好きな人が振り向いてくれない」などの悩みは何よりも深刻なものだ。
捉えどころのない人の心。だがそれも、“生物学”的な手法を用いることで自在に操れる…かも? そんなユニークな角度から描かれたシュールなラブコメディー、それが『あくまでクジャクの話です。』(小出もと貴/講談社)である。
物語の主人公である高校教師・久慈は、最近付き合い始めたばかりの彼女にフラれ、傷心中。恋人になって日が浅いこともそうだが、何より自身のコンプレックスである「男らしさに欠ける」ことが破局理由である点にダメージを受けていた。
そんな中ひょんなことがきっかけで、彼は生物学部の部長を務める女生徒・阿加埜と関わりを持つことに。
容姿端麗、文武両道。校内でも完璧な美女として有名な阿加埜だが、単独行動が多くその素性は謎に包まれている。
彼女曰く、「男らしくない男がモテないのは生物学で説明がつく」とのこと。
オスとメスが交尾をし、子孫を残す。「恋愛はすべての生物が命がけで行う一番残酷な戦争である」という阿加埜の論説に、久慈はついつい圧倒されてしまう。
さらに阿加埜はその日以来、なぜだか久慈に対しかなり強引に「生物学部の顧問になってほしい」と執拗に迫ってくるように。
果たして阿加埜の目的とは? 教師と生徒、年齢も立場の差も大きな男女の関係は、一体これからどうなっていくのか──そんなストーリーともなっている。
作品の魅力はまず一番に、阿加埜の展開する“生物学”の話がストレートに面白い!
クジャクやペンギン、そしてイナゴ。阿加埜が物語で引用するのは基本的に人間以外の様々な生物の生態や生存戦略だが、所詮人間もヒト科の生き物。
すべてが当てはまるとは言い難いが、中には思わぬ共通点や心当たりのある話にドキっとすることも。
誰かが誰かのことを好きになる。そんな人の心や感情と直結する恋愛の話は、得てしてコントロールできないものとされがちだ。
しかしヒトの「好き」という感情も、結局は子孫を残す生存戦略の上に生まれるものだという阿加埜の話には妙な説得力も確かにある。
久慈のように、思わず「なるほど…」と唸ってしまう読者もきっと多いことだろう。
だが一方で、そのように恋愛をがっちりと理論で固めてその仕組みを粛々と展開していく阿加埜の挙動にはどこかシュールさも漂う。
何より阿加埜本人も非常にクールで冷静な、ともすれば馬鹿真面目な印象すら受けるヒロインだ。しかし彼女が久慈に関わろうとする理由を探ろうとすると、途端にその印象は一転する。
執拗に生物学部の顧問になることを迫られる中で、徐々に阿加埜の素性を知っていく久慈。そこで彼は思わぬ形で彼女の過去に触れることになるが、そこでも二人のシュールなすれ違いが発生し…!?
私たちヒトの恋愛を論理立てて説明し、時には悩みを解決するヒントにもなり得る“生物学”。それを鍵とする二人の関係もすっきり解決するのは、まだまだしばらく先のことになりそうだ。