ネパール人経営のインド料理店「インネパ」は、日本人向けに特化した店/カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」②

社会

公開日:2024/4/28

カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』(室橋裕和/集英社)第2回【全7回】

 いまや日本中で見かけるようになった格安インドカレー店。そのほとんどがネパール人経営で、いわゆる「インネパ」と呼ばれている。なぜ、格安インドカレー店経営者のほとんどがネパール人なのか? どこも“バターチキンカレーにナン”といったコピペのようなメニューばかりなのはどうしてなのか? そもそも、「インネパ」が日本全国に増殖したのはなぜなのか? 背景には、日本の外国人行政の盲点を突く移民たちのしたたかさや、海外への出稼ぎが当たり前になっている国ならではの悲哀に満ちた裏事情があった。『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』は、どこにでもある「インドカレー店」から見る移民社会の真実に迫った一冊です。

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カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」
『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』(室橋裕和/集英社)

「インネパ」というワードに漂うある種のニュアンス

 本書のテーマである「ネパール人経営のインド料理店」は、巷では「インネパ」なんて呼ばれることがある。この言葉には、

〝本当のインド料理でも、ネパール料理でもないものを出す店〞

 というニュアンスが込められているように思う。これはおもに、インドやネパールなど南アジアの食文化を愛する人々や、エスニックファンからの視線なのだが、そこにはちょっとした「侮蔑」が含まれているのでは……と感じてしまうのは僕だけだろうか。

 確かに現地の文化に詳しい人からすると、「インネパ」は異質に映るかもしれない。インドの味つけとはだいぶ違う、甘みが強くてスパイスの刺激が薄いカレー、やたらにふわふわで巨大なナン、そこらのスーパーで買ったであろうゴマだれドレッシングのかかったサラダを出す店もあれば、インド亜大陸のどこを探したって見当たらない「あんこナン」「明太子ナン」なんてのを出す店もある。

「これのどこがインド料理だあ!」

 と怒るカレーマニアの日本人もいる。日本には本格的・伝統的なインド料理、ネパール料理の店もあるけれど、「インネパ」はどちらともちょっと異なる。

 僕も何度かインドやネパールを旅したことがあるが、現地で出会う料理と「インネパ」はやはり違っていたよな、と思い出す。地元の人が集まる安食堂に入ることが多かったが、インドのとくに北部を回ったときは「ターリー」という定食ばかり食べていた。肉か野菜のスパイス煮込み(これを外国人にもわかりやすいようカレーと称する)、ダルという豆の煮込み、ニンジンや大根などの野菜をスパイスで漬けたアチャールで、ライスをかき込む。お米ではなくパンが出てくることもあるが、ナンではなくロティやチャパティで、乾いた粗野な感じの味わいがなかなか好きだった。

 街の食堂ではいつもこんな感じで、たとえばバターチキンカレーやタンドリーチキンやナンは、少し高めのレストランか、外国人旅行者相手のレストランでしか見なかったように思う。よそいきの料理なのだ。家庭料理とはちょっと違う。「インネパ」はそれを土台にして、さらに日本人向けにアレンジしたもので、確かにインド人がふだん口にしている料理とはやや距離がある。それを、しかもネパール人がつくっているのだ。そこに違和感を持つ人もいる。日本人的に考えると、中国人のつくったカリフォルニアロールを寿司と呼びたくない、というような心理かもしれない。

 そしてネパール料理はもっと「ナン+カレー」から距離を感じる。ダルとお米、アチャール、副菜には発酵させた高菜とか野菜のスパイス炒めあたりが基本で、素朴な山里の味といった感じだ。そんな料理で育ったネパール人が、日本でインド料理店を開いていることに疑問を感じる日本人もけっこういる。

 しかしだ。スパイスにも南アジアにも、あまり詳しくない日本人(僕だってこっち寄りだ)は、「インネパ」の料理をおいしいと思って食べている。たとえ本物のインド料理ではなくても、ネパール人がつくっていても、日本人に広く受け入れられたからこそ4000軒とも5000軒ともいわれるまでに増殖したのではないか。

 日本を席巻したといっても過言ではないわけだが、つまり「インネパ」のメニューは「この国でいかに成功するか」に特化したものなのだ。そこに「きちんとしたインド料理を出す」「故郷ネパールの伝統料理を日本人に提供したい」という気持ちは、はっきり言ってしまうとあまりない。なぜなら、それは彼らの目指すビジネスモデルではないからだ。南アジアの料理文化に詳しい、いわばニッチな日本人よりも、今日のランチはラーメンかカレーか迷った末に「インネパ」にやってくる会社員のようなフツウの日本人のほうがはるかに多いし、こちらをターゲットとしたほうが間口が広い。商売としては堅い。

 そんなごく一般的な日本人からしてみれば、ネパール料理はややイメージしづらい。南アジアの料理なら、やっぱりインドなのだ。そしてインド料理といえば、誰もがカレーやナンを思い浮かべる。その味つけや食感も、日本人の味覚に合わせたほうがウケるだろう。カレーはスパイスを効かせすぎず、ナンは甘く柔らかく、そして「映え」を意識して過剰に大きく。ランチ営業をしているまわりの店に合わせた価格帯、日本人の好む日替わりメニューなんかも用意する……。こうしてなるべく幅広い層の日本人をお客とするために練られた、いわば最大公約数的なメニューを「インネパ」は提供している。

自分たちがつくっているカレーに興味がない?

 だが、それにしたって「インネパ」はあまりにもメニューが似通いすぎてはいないか。なにかマニュアル的なもの、あるいは伝道師・コンサルタント的な存在がいるのだろうかと思ったのだが、

「そういう人はいないと思います」

 と小林さん。あくまで自分が修業した店の味を受け継ぎ、提供している人が多いようだ。マッラさんもやはり、コンサルなどはいないと言う。

 まずはコックとして何年か働き、お金を貯めた人が独立・開業し、店のオーナーとなって、今度は新しくコックを雇う立場になる。そして修業した店のレシピをそのままコックに伝え、同じようなカレーをつくらせて、お客に出す。このときにオリジナリティを発揮して新メニューを開発するコックも中にはいるが、「オーナーの決めたことだからね。言われた通りにつくるのが仕事」とマッラさんが言うように、たいていの人は淡々と来る日も来る日も指示されたレシピでカレーをつくって日本人をもてなすのだ。やがて自分もお金が貯まって独立したコックは、オーナーになるとやはり同じようなレシピのカレーを出す……。埼玉県南部で話した、ある「インネパ」の店主は言う。

「料理は前に働いてた店のと同じもの出してるよ。ほら、このメニュー表もデータもらってそれプリントして。うちは許可もらってコピーしたけど、そこは人によるんじゃないかな」

 コピペであることを堂々と教えてくれるのである。また、店のウェブサイトの写真やロゴを勝手に使われていると話す経営者もいた。日本人ならやや後ろめたさを感じるかもしれないが、ともかくこうして似たような店がどんどん広がっていったようだ。小林さんとマッラさんが言う「失敗したくない」という気持ちのもと、「ビジネスとして」料理をつくり続けているのだ(しかしこの「コピペ文化」の根底にはまた違った理由があることも、僕はのちに知ることになる)。

「彼らのまかないを見るとね、店で出しているものとぜんぜん違うものを食べてるわけですよ」

 小林さんは言う。「インネパ」のスタッフたちもふだん食べているのはネパールの家庭料理なのだ。素朴な味つけのダル、青菜やじゃがいものタルカリ(スパイス炒め。おかず全般を指す言葉でもある)、マスタードがほどよく効いた大根やニンジンのアチャール……「インネパ」のカレー世界とはまるで別モノだ。

「店の料理はあくまで仕事でつくっているものなんですね。だから自分たちが出している料理にあまり興味はない、もしかしたらおいしいと思ってつくっていないかもしれない。そんなことも感じます」

 完全にビジネスとしての割り切りなんである。すべては日本で稼ぐための手段というある種シビアな、そして日常的に「インネパ」を利用している身からすると、ちょっと寂しさを覚えてしまう話なのであった。

 もちろんこのあたりは人によって温度差がある。自分たちの「ソウルフード」とは違うものでも、熱意を込めてつくっている人もいるし、研究に余念がない人もいる。あるいは日本人が喜びそうな「新ネタ」を次々に投入する店もある。そんな人々がたとえば「ごまナン」「チョコナン」を生み出し、あるいは既存のカレーのレシピに手を加えて人気になったりもする。それをまた、ほかの店が模倣していく。

「インネパ」のメニューはこうして少しずつ姿を変えながら、しかしオリジナルの姿はしっかりと保ち、日本各地に伝播していったと思われる。

<第3回に続く>

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