20代前半の焦燥感、もがき続けたあの時間が詰まった青春小説。上手くいかない日々が綴られる『22歳の扉』
PR 更新日:2024/5/31
ページを開くと感じたのは、胸の奥がちりちりと焼け焦げるような感覚だった。そうだ、「大学生活」というのは、こんな時間だった。変わることを急き立てられている焦りと、このままでいたいような気だるさ。読めば読むほど、叫び出したいくらい懐かしく、苦しく、心の何処かがじくじくと痛んだ。どうにもならない自分にもがき続けた青春のひとときを描き出すのが、『22歳の扉』(青羽悠/集英社)。8年前に小説すばる新人賞を史上最年少で受賞した青羽悠による傑作青春小説だ。
主人公は、数学好きの大学生・田辺朔。三重で育ち、京都の大学に入学した彼のキャンパスライフは順調とはいえず、友達もできないまま、ただ授業に出るだけで、一回生前半は終わってしまった。だが、そんな日常は、旧文学部棟の地下・通称「キューチカ」で、大学院生・夷川と出会ったことで一変する。夷川は、キューチカで、ディアハンツというバーを開いているマスター。有無を言わさぬ夷川に連れ出されて、朔は、初めてウイスキーを飲み、バーやクラブにも足を踏み入れ、たくさんの「初めて」を経験することになる。しかし、ある日、突然、夷川は何も言わずにナイジェリアへ留学に行ってしまった。これまでも夷川に振り回され続けてきたという一回生の野宮美咲は「何も聞いてへんの?」と呆れ顔。なんでも、夷川は、バー・ディアハンツを朔に託したつもりらしい。急遽マスターになった朔は、バーで、たくさんの新たなものに出会い続けることになる。「場所は人を救える」と信じ、ディアハンツを開き続ける。
「俺がお前を選んだのは、お前がまだ真っ新(まっさら)で、そのくせちゃんと、何かを探してるからだ」
夷川がこう表現するように、朔はまっさらで単純な人間だ。そんな人間がいきなりバーのマスターになったのだから、その場所で得る出会いに影響を受けないはずがない。たとえば、ある女の子は、バーカウンターに身を乗り出し、片肘をついて朔に「どうやったら女の子とキスできるか知ってる?」と質問してくる。「正解はね、女の子とのキスを知っています、って顔をするの。そんなの当たり前ですよって顔。知ったかぶりでいいから、その顔つきを変えちゃ駄目。そうしたら相手も安心して、当たり前にキスに応えてくれる」——そんな台詞には、朔だけではなく、私たちまでもが唸らされてしまうだろう。慣れていなくても、時には、全てを知っているという態度、度胸が必要なのだ。朔は、時に背伸びをしながら、バー・ディアハンツで、たくさんの人と出会い、少しずつ器用に、そして、なりたくもないのに、複雑になっていく。
だが、朔の日常は上手くいかないことばかりだ。美咲の心に夷川がいることを知りながらも、朔は不安定な美咲に翻弄され続けるし、他の女の子のことだって気になる。学生運動まがいのことに巻き込まれることだってある。好きな人やモノが多すぎる朔は、選択するのが苦手だが、生きていくためには、選ぶことだって必要だ。毎日をずるずると、それでも必死に過ごしているうちに、あっという間に、卒業後のことを考える時期は来るが、朔はどんな未来を選び取るのか。繊細な筆致で描かれた、子どもと大人の間で揺れ動くその姿に、私たちの心までもが揺さぶられる。
強い光に焼き付けられたように脳裏から離れない光景。どうでもいいはずのことなのに忘れられない出来事。何を学んだのか、自分では気づけない、大学生活……。センチメンタルな気分に浸りたいならば、この本ほど、うってつけの本はない。明日を手繰り寄せるように必死に生きていた頃を、狂おしいほどに思い出した。今まさに20代だという人も、かつて自分もそうだったという人も、この青春小説には、苦しいくらい共感させられるだろう。
文=アサトーミナミ