Aマッソ 加納愛子 初の中編小説集『かわいないで』。人生捨てたもんじゃないと思えるラストが印象的な一冊
PR 公開日:2024/5/13
現在放送中の『スナック女子にハイボールを』で単独で初めて連続ドラマの脚本を手がけたAマッソの加納愛子が、今度は初の中編小説集『かわいないで』(文藝春秋)を発表。世間からの期待度が急激に上がっている彼女の新作は、まさに今読むべき小説のうちの一冊。2編の小説が収録された本書の中から、表題作にもなっている「かわいないで」を紹介する。
●発言の裏にある感情や性格を分析するモノローグが秀逸
舞台は夏休み明け、2学期が始まったばかりの女子校。日本史の授業中に主人公の千尋は、席替えをして隣になった香奈美の話を耳を澄まして聞いている。とはいえ、千尋は会話には加わっていない部外者で、話しているのは香奈美、麻耶、透子の3人。香奈美が年上の大学生とのデートでどこまでいったのか、という内容の会話だ。
本作には同級生同士の会話が随所に登場するが、その発言の中に含まれる思惑をあれこれと分析していく主人公のモノローグがとてつもなく細かくて面白い。千尋の分析によれば、香奈美は、年上の大学生と関わりがあることをさりげなく自慢し、自分が異性から「かわいい」と思われるためだけに振る舞う存在に成り下がっていることを茶化しながら話す、ある意味で人に寄りかかることに慣れている人。麻耶は、肯定するにも否定するにも「まじで」という言葉を使い、香奈美のぶりっこをいじる時間なのに野暮な質問をする人。そして透子は、香奈美の話に対して自分なりの解釈を展開して返事をする人。
●2人の同級生に対して生まれた共感と違和感とは
3人の会話は、透子が香奈美に好意的に投げかける「かわいないで(笑)」という一言によって目標に到達する。透子は千尋にとって、自分ならこう言うだろう、という言葉を発してくれる人。恥ずかしい行いを恥ずかしいと思わずに報告するような一面もあり、千尋はそんな透子の話しぶりを羨ましく思っている。文面を追いながら、千尋の中で透子の存在がどんどん膨らんでいくのがわかった。
千尋には、いつも行動を共にしている「たえちゃん」という友達がいた。たえちゃんは、千尋が家族旅行のお土産であげた頭に猫のキャラクターがついたシャーペンを大事そうに使ってくれる子で、天然の白い肌や透明感のある声質、千尋に対する悪意のなさに「かわいい子ってこういうことを言うんだな」と千尋がいつも思っている同級生だ。けれど、たえちゃんは、気が利いている、と千尋が思っている凛子の言動を「嫌だ~」と否定する。そこで千尋の中に生まれたのは、たえちゃんに対する違和感のような感情だった。
ちなみに、千尋とたえちゃんは、香奈美たちのようなメイクをまだ覚えていない。香奈美たちの「かわいさ」は恋愛や性的なゴールに向かっていくが、たえちゃんの「かわいさ」はどこに向かっていくのかと、千尋は疑問を持つようになる。たえちゃんが食べるお弁当の卵焼きはおそらく甘い味付けで、たえちゃんに似合う。その味を想像したからか、千尋は自分の卵焼きがいつもより塩辛く感じる…そんな描写からも、千尋がたえちゃんに感じている気持ちのズレが伝わってきた。
●独自の視点で青春時代の成長を描く
主人公が抱える違和感はどんどん大きくなり、終盤で彼女はある行動に出る。物語のラストで、筆者の頬に予想していなかった涙が伝ってきたのは、ようやく自分の中にある言葉を体の外に出すことができた主人公に成長を感じたからだろうか。誰もが自分が周りと何が違うのかを探し求める高校生の時期に、主人公は同級生たちとの会話を通じて自分なりの答えを見つけた。夏休み明けに起こったアイデンティティの革命。清々しい読後感。葛藤したまま終わるのではなく、人生捨てたもんじゃないと思えるようなラストが用意されているところに、著者の優しさを感じる。
最初に物語の世界観を風呂敷のように広げるのではなく、ささやかな日常の描写から始まって、主人公の心の情景がどんどん広がっていくという展開は、主人公目線で物語に入り込める分、共感が生まれたし、主人公が抱える葛藤が次第に解き明かされていくようなミステリー感覚もあり、読み進める手に力が入った。
「かわいい」と一言で言っても、発言するときに乗せる意図や温度感、投げかける相手によっても捉え方は変わり、人を貶めることもできれば、人を笑わせることも、救うこともできる。「やり取りの中に潜むそれぞれの意図を、千尋はなんとか汲み取りたいと思う」(130ページ)という主人公のモノローグは、お笑い芸人として日々ネタ作りに勤しむ著者の言葉でもあるのかもしれない。
文=吉田あき