死を意識した患者のベッドに、ある人間の姿が出現する? 長期療養型病棟で戦う看護師のお仕事ミステリー小説
PR 公開日:2024/5/8
人は誰しも人を思い、思われ、支え合いながら生きている。不思議な力を持つ看護師の奮闘を通じて、そんな大切なことを思い出させ、何気ない日常を愛おしいと感じさせてくれるのが『ナースの卯月に視えるもの』(秋谷りんこ/文藝春秋)だ。
主人公の卯月咲笑は、総合病院の長期療養型病棟で働く看護師だ。長期療養型病棟とは、他の科と比べて病棟で亡くなる患者が多い病棟。退院を目指しリハビリに励む患者だけでなく、病気の完治が見込めず苦痛を緩和しながら暮らす患者や、意識を持たない患者も多い場所だ。
卯月は、勤務5年目でベテランに差し掛かろうとしている看護師。真面目で、先輩や後輩からも信頼される存在だ。そして彼女は、病室の患者のベッドの周りに、他の人には見えない人物の姿が見える不思議な力を持っている。それは、死を意識した患者の心に引っかかっている人物の姿が現れる「思い残し」というものだった。ただし、思い残しが卯月に話しかけたり、接触したりすることはない……。
たとえば、意識のない独身の植木職人のベッドのそばには、10歳くらいの女の子の「思い残し」がいる。麻痺の後遺症でリハビリ中の87歳の女性の近くには、家族ではなさそうな若い男性が不安そうに立っている。患者の心残りがなくなるとそれがいなくなることを知る卯月は、「思い残し」を消そうと、患者の人となりや生活、仕事などから、「思い残し」の正体と、患者が死を前に抱える思いに迫っていく。
本書は、主人公の卯月や同僚、そしてさまざまな事情を抱えた患者たちをめぐる人間ドラマだ。同時に、「思い残し」に関する謎が明かされた瞬間、痛快さと温かい気持ちが広がる異色のミステリーでもある。しかし本作の最大の魅力は、物語の中で変わっていく卯月の姿だろう。思い残しをめぐる謎を追ううちに、徐々に卯月自身の過去や心の傷が明らかになる。卯月が、もがきながらも一歩を踏み出し、自分がやるべきことを見出してく姿は感動的だ。
お仕事小説としての厚い読み応えも、本書の特徴だ。13年の経験を持つ元看護師の著者が描く、看護の様子や病棟でのトラブルはリアルで、若手看護師たちの悩みも切実。長期療養型病棟という、小説やドラマであまり取り上げられてこなかった舞台も面白い。患者の人生の終わりに丁寧に寄り添う姿勢など、長期療養型病棟ならではのドラマも興味深いため、医療小説や医療ドラマにすでに親しんでいる人も、新鮮な気持ちで楽しめるだろう。
卯月をはじめ、患者や病棟で働く人たちも魅力的で、この物語をドラマなどの映像作品でも観てみたくなった。誰にとっても、人生の終わりを意識した時、強く思う人がいるはず。読み終わると、周りの愛する人との時間を大切にしたくなる1冊だ。
文=川辺美希