不運な探偵が天使&悪魔コンビと難事件に挑む! 生き返るための条件は、死者の魂を「選別」すること
PR 公開日:2024/5/3
私立探偵・烏間壮吾は人生どん底の状態にあった。
大手探偵事務所をクビになり、婚約者には捨てられて、探偵として独立するものの、事務所の家賃を払うのもやっとという状態だった。そんなある日、頭から血を流して死んでいる自分の死体を発見してしまう。驚愕する壮吾の前に天使と悪魔が現れて、彼にある取引を持ちかけるのだが――。
現代の日本を舞台に因習村ホラーを蘇らせた『ナキメサマ』(角川ホラー文庫)で第40回横溝正史ミステリ&ホラー大賞読者賞を受賞し、鮮烈なデビューを飾った阿泉来堂さん。以降、受賞作を第1作とするホラー作家・那々木悠志郎シリーズや、『バベルの古書』(角川ホラー文庫)、『贋物霊媒師』(PHP文芸文庫)などのシリーズを旺盛に発表している。オカルトへの深い知識と愛、ホラーとミステリが絶妙に融合した作風、そして魅力的にして強烈なキャラクター造形によって多くの読者を獲得している。
新作『逆行探偵 烏間壮吾の憂鬱な使命』(産業編集センター)の主人公・烏間壮吾は、これまでの阿泉作品の主人公たちの中で、最も不運な人物かもしれない。なにしろ登場するなり、死んでいるのである。しかも壮吾は実はまだ死ぬ予定ではなく、“運命”の手違いで命を落としてしまったのだ。自身の不運を嘆く壮吾に、天使と悪魔からもたらされる提案。
それは、この世へ生き返るのと引き換えに、死者の魂を天国と地獄のどちらへ運ぶか「選別」するというものだった。
第一の事件は、ビルから転落死した若い女性。自殺か、それとも事故か他殺か。「選別」するために時間を逆行し、彼女がなぜ死ぬことになったのかを壮吾は捜査する。
謎解き要素に加え、主人公・壮吾をはじめ天使&悪魔のキャラが実に際立っている。
けっして無能なわけではないのに、人の好さが災いして不運ばかり引き寄せてしまう壮吾。そんな壮吾を、文字どおり小悪魔的な魅力で翻弄する美女の姿をした悪魔、杏奈。天使という言葉から連想される天使像とは真逆な、悲哀をにじませる中年サラリーマン風の天使、日下。この3人がそれぞれに意見や解釈を交えて推理してゆく。
ときに杏奈は壮吾をミスリードしようとし、日下は迷う壮吾にさりげなく助言を与える。人間の魂の行き先を同じ人間がジャッジするなんて、それこそ神をも恐れぬ所業である。誠実であるがゆえに壮吾は苦悩する。そうして、杏奈や日下のような人間を超越した存在である天使と悪魔には気づけなかった部分に気づき、人間なればこその判定と「選別」に至る。
第二の死者は、自殺した高校生。そしてトリとなる第三の死者は、なんと壮吾の恩人である先輩探偵だ。
いずれの事件もヘヴィであるうえ、時間を逆行して生前の死者たちと接触しても、壮吾には彼らの死を回避することはできない。死者が蘇ることはないし、運命は変えられない。この絶対条件が、さらに壮吾を苦悩させる。悩みながら、苦しみながら事件に向きあうことで、いつしか壮吾は自分では知らないうちに探偵として成長してゆく。その姿がまた清々しい。そうして終盤には、すべての出発点となった自分の“死”に関する驚愕の事実が判明。二転、いや三転のどんでん返しが待っている。
死を扱っているからこそ、命の尊さが伝わってくるところに作者の想いを感じる。ホラーとしてもミステリとしても、キャラクター小説としても魅力的で、ぜひ本作品もシリーズ化してほしい。
文=皆川ちか