日本人と特殊害虫の戦いをまとめた“戦記”。人間の知恵と、生物の存続のための変異の歴史を描く

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PR 公開日:2024/5/21

特殊害虫から日本を救え
特殊害虫から日本を救え』(宮竹貴久/集英社)

 今年(2024年)3月、サツマイモの害虫「イモゾウムシ」が鹿児島市で見つかった。イモゾウムシの幼虫にかじられたサツマイモはイポメアマロンというとても苦い防御物質を発するために食べられなくなり、家畜のエサにさえならないため市場に出荷できなくなってしまう。

 県本土でイモゾウムシが見つかったのは16年ぶりで、鹿児島県では警戒を強めているという。

特殊害虫によって食べることができなかった野菜や果物

 我々の“食”が、害虫によって常に脅かされていることに気付かされる一冊が、『特殊害虫から日本を救え』(宮竹貴久/集英社)である。

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 30年ほど前の日本では九州より北の地域でニガウリやマンゴーなど亜熱帯の南西諸島で育った野菜や果物は一般に食べることは出来なかった。なぜなら、それまで南西諸島にはウリ類や熱帯果樹の実を貪り食うミカンコミバエやウリミバエといった害虫が蔓延していたため、植物防疫法という法律でミバエの寄主(宿主)となるウリ類やナス類、果実を九州以北に移動させることが出来なかったからだという。

 こうした農作物に加害する害虫の中でも、外国から侵入し島々に定着して甚大な被害をもたらす虫を「特殊病害虫」(特殊害虫)と呼ぶ。本書はこれら「日本に侵入してきた侵略的外来生物」である特殊害虫の根絶を成し遂げるまでの記録である。

特殊害虫の根絶方法

 日本における特殊害虫根絶の歴史はミカンコミバエから始まる。ミカンコミバエは1919年に沖縄で確認され、柑橘類やトマトなどに卵を産み、幼虫期に果実を食べ食害を引き起こす特殊害虫である。ミカンコミバエのオスはメチルオイゲノールという物質に強く誘引されるため、ローレン・フランクリン・スタイナー博士が考案したメチルオイゲノールと殺虫剤をまぜた板「テックス板」によってアメリカは太平洋諸島でのミカンコミバエの根絶に成功する。テックス板によって誘引されたミカンコミバエのオスを駆除することで、メスは子を産めなくなり根絶に至るのである。そして日本でも喜界島、奄美大島、徳之島と根絶作戦を始めるのであった。

 また根絶にはもうひとつの方法が登場する。不妊化法(不妊虫放飼法)である。放射線を浴びさせ不妊にしたウリミバエのオスを野に放つ方法で、不妊オスと交尾した野生メスは受精卵を残せず根絶できるというものだ。それには大量の不妊オスを人工的に増殖する必要があり、日本にはそのための工場が存在する。1975年から90年代はじめまで、南西諸島では毎週1億匹もの不妊のウリミバエがヘリコプターから撒かれたという。

研究者の努力

 本書で強く印象に残るのが、研究者の地道な仮説と検証、そしてフィールドワークによって成し遂げられた害虫根絶へのプロセスである。

 例えばミバエの不妊化法においては、人工飼育した不妊オスを野に放ったとしても、野生のオスとの競争に打ち勝たなければならず、そのために浴びせる放射線の適切な量も調べなければならない。そして実際に不妊オスを離した久高島での予備試験では野生のメスを網で捕まえては1匹ずつ小さな飼育容器で卵を産ませ、不妊オスが放たれていない沖縄本島との孵化率を比較し、不妊オスの有効性を検証したうえで本格的な根絶へと実行に移していくのである。

害虫の進化と抵抗

 本書の面白さはこうした研究者の害虫根絶の成功譚だけでは終わらない。

 農薬に対して抵抗性を持つ害虫の変異体が現れて農薬が効かなくなることを「薬剤抵抗性」と呼ぶ。「薬剤抵抗性」をもった変異体が出現するとまた新たな農薬を開発し、また変異体が登場するという「いたちごっこ」が繰り返される。そうした悪循環に陥らない根絶方法として評価された不妊化法ではあったが、人工飼育された不妊オスと野生のオスを識別できる変異したメスの個体が出現した可能性があるという。害虫を根絶する行為に対して、生命は遺伝子の存続という自然の摂理によって根絶に抗うのである。

特殊害虫根絶で世界トップの日本への警句

 1986年にミカンコミバエ、93年にウリミバエの2種類の特殊害虫の根絶に成功し、根絶実績では世界のトップを走っていると言われる日本。しかし近年では2015年にミカンコミバエが奄美大島に再侵入。2020年に入ると、鹿児島、熊本など九州でも確認されることになる。こうした事態に再び成功経験のある根絶事業を行えばよいかと思えば、どうやら日本のこれからの根絶事業には暗雲が立ち込めているようなのである。

 本書で活躍していた根絶事業の基礎研究が行われていた「指定試験事業」という仕組みは2010年に事業仕分けにより既に終了してしまっているのだ。また九州以北の管轄は農水省、沖縄は内閣府の管轄となっているため、特殊害虫の問題に直面している県同士の情報共有もほとんどなされていないという。

 弱体ともとれる日本の根絶事業の仕組みと日本の科学振興の取捨選択と縮小を含めた著者の警句は、16年ぶりに本土鹿児島で確認された「イモゾウムシ」で現実のものとなっているのではないか。現在では沖縄から持ち出しが規制されているサツマイモや柑橘系などの植物も、フリマアプリなど個人間の取引によって県外に送られる違反事例が急増しているということもあり、特殊害虫の脅威は我々一般の読者にとっても意識しなければならない時代を迎えている。

文=すずきたけし

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