ほのぼのエピソードだけじゃない! 高齢&過疎化が進む地域医療の実情に迫る『離島で研修医やってきました。 お医者さん修行中コミックエッセイ』
公開日:2024/6/17
医者の卵である研修医。一人前の医者になるため、研修医は様々な医療現場へ実習に赴き、実際に患者さんと接しながら経験を積む期間が定められている。
内科や外科、救急科、そして研修先のひとつとしてあるのが「地域医療」。『離島で研修医やってきました。 お医者さん修行中コミックエッセイ』(水谷緑/KADOKAWA)は、そんな地域医療の研修で、離島の医療現場を実際に体験した研修医・ポチの様子を描いたコミックエッセイだ。
島にある診療所はたった1ヵ所のみ。外来で訪れる200人の患者さんを診つつ、往診で島を縦横無尽に駆け巡ったり。そうかと思えば夕方にはのんびりとしたお菓子タイムを取ったり。近所の島民の人々からいろんなお裾分けをもらうこともしばしば。
同じ医療現場といえども、まったく常識も勝手も違う島の診療所。そんな離島での研修についてほのぼのとしたエピソードを交えつつ、地域医療が直面する様々な実情を描いたエッセイとなっている。
本書の最大の特徴は、やはり大半の人は普段なかなか触れることのない、離島を始めとした極端な過疎地域の医療現場の実情を詳しく知ることができる点だ。
周囲を青く光る綺麗な海に囲まれ、朗らかで優しい島の人たちとのどかに過ごす…。離島暮らしにそんなイメージを抱く人も多いかもしれないが、その印象は半分正解で半分不正解、といったところか。
確かに都心部に比べればそもそも人の数が少ない分、常に患者や時間に追われ、機械作業的な処置や診察となることは少ない。しかし一方で、数少ない患者と非常に強固な繋がりが生まれるのは、地域医療に携わる医師ならではの特徴だ。我々が思った以上に過疎地域では高齢化が進んでいる点も、意外と想像では補いきれない部分でもある。
良くいえば、手厚く心のこもった診療ができる。裏を返せば、マニュアル通りの対処や、決められた杓子定規な判断が通用しない場合も多々存在する。充分な医療設備の整わない訪問診療・看護でも、行うべき医療行為を全うできるか。深夜や朝方など、時間を問わず駆け込んでくる患者へ真摯に対応できるか。自分の専門外となる症状の診断・診療も、医師として責任を背負った判断を下せるか。
普通の医療現場では“ありえない”シーンも、人手の足りない医療現場では日常茶飯事である。重ねて、そんな他人との密度の濃い交流や近しい距離感を、温かなぬくもりのある関係性と取るか。あるいはうっとうしい過干渉と感じてしまうか。島で暮らす人の大半は同じ島民や近所の人々との繋がりを心地良く感じている。しかし一方でそんな他人との関係性を煩わしく思う人も、当然世間にはいることだろう。
学んだ理論や理屈、理想、医学知識としての正解はある。しかし目の前の患者や人物にとって、その正解が必ずしも最適解ではない。身をもって学べる貴重な機会のひとつが、本書の舞台でもある離島ほか地域医療の現場だ。重ねてそれは、本エッセイが読者に提示してくれる貴重な価値観のひとつでもある。
決められた絶対解はない。ひいてはそれが医療の難しさであり、人の生き方の難しさであり、一方で面白さでもある。離島での地域医療を題材とする本書を通して、そういったことを学び、思考を得る人もきっと多いに違いない。
自分がもし研修医なら、医者なら、こんな離島の地域医療に挑戦してみたいだろうか。あるいは自分が歳を取った将来、こんな形の地域医療の環境下で暮らしたいだろうか。様々な角度から医療現場を考えると同時に、きっと本著を読んで地域医療へ抱く感想もまた、人それぞれであるはずだ。ぜひ機会があれば今作を通して、誰かと感想や意見を交わし合っても面白いかもしれない。それだけで、様々な人が多様な考え方を持っていると気づけるだろう。