中谷美紀、過酷でトラブル続きのブロードウェイ。ひとり3役を演じた舞台『猟銃』で得たもの

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/5/22

オフ・ブロードウェイ奮闘記"
オフ・ブロードウェイ奮闘記』(中谷美紀/幻冬舎文庫)

 この一冊でドラマ化できるのでは?と思うほど、波瀾万丈の舞台裏が描かれる中谷美紀さんのエッセイ『オフ・ブロードウェイ奮闘記』(幻冬舎文庫)。オフ・ブロードウェイとは、ニューヨーク・マンハッタンにある客席数が500以下の小さな劇場で上演される舞台のことで、2023年、『猟銃』という舞台でその場所に立つこととなった中谷さんの、59日間を描きだしたものである。役者の仕事は大変そうだけど、いろんな人が世話をしてくれるし、煌びやかで羨ましい世界だな~なんて、1%でも思ったことのある人は、ぜひ読んでみてほしい。木っ端みじんに打ち砕かれるほど過酷で、トラブル続きの、まさに「闘」としか表現しようのない日々なのである。

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『猟銃』の原作者は井上靖氏。アカデミー賞受賞歴を持つ映画監督でもある演出家のフランソワ・ジラール氏が舞台化し、2011年にカナダのモントリオールで初演を迎えた。ある男の13年にわたる不倫を描いた物語なのだが、中谷さんが演じるのは男の妻、愛人、そして愛人の娘。中谷さんにとって初舞台であったにもかかわらず、ひとり3役も演じたのである。素人だって、3人もの人間をその身におろすのが大変な作業であるか、さらに映像ではなく舞台でそれをやるのがどれだけ過酷かは、わかる。

2011年の初演時、35歳の私には1ヶ月で記憶できた台詞も、2022年の1月に47歳になった現在の私には3ヶ月を要する作業だった。
年齢を諦める理由にはしたくないけれど、確実に年齢を重ね、かつては易々とできたことが、困難になっていることも事実であり、そこから目を逸らすこともできない。

 まず、この言葉で、痺れた。テレビに映る中谷さんはいつだって美しく、気高く、なんなら年々輝きを増しているように見える。それは中谷美紀という人が特別だからだと思ってしまいがちだけれど、そうではない、一人の人間として人生に、役者という仕事に、常に挑み続けているからなのだと、当たり前のことにはっとさせられもした(作中に、共演者のミッシャから「美紀、君も魔女だとおもうよ」と言われている場面では、わかる……とうなずいてしまったが)。

 稽古初日に、つい感情が乗ってしまって、咽喉を痛めてしまったことを夫からプロ失格だとばかりに咎められたり(根性論を美談にしがちな日本人気質、という表現に文化の差が見えておもしろい)、すべてのスタッフがいつだって丁寧に気配りをきかせて万全の状況を用意してくれる日本と違って、思うように進められない現実に腹を立てたり(コロナ禍でスタッフが一斉解雇された裏事情もあるが)、日本からきた取材をめぐってプロデューサーとの関係断絶を覚悟するほどのやりあいをしたり……。異国の地で次から次へと問題が起きて、ただ演じるということだけに集中させてはもらえない。それでも常に周囲に心をくばり、できうるすべてを吸収しよう、五感のすべてを使って感性を磨きあげようとする中谷さんの奮闘ぶりに、胸を打たれてしまうのである。

 2024年6月8日(土)にはWOWOWで『猟銃』が放送される。その前にぜひ、手にとることをおすすめする。読めば『猟銃』をよりいっそう観たくてたまらなくなるはずだから。

文=立花もも

■WOWOW「中谷美紀×ミハイル・バリシニコフ 「猟銃」 NY公演 密着ドキュメント付き特別版」放送情報

放送日時:2024年6月8日(土)16時

WOWOW番組ページ:https://www.wowow.co.jp/detail/198890

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