『怪談刑事』青柳碧人インタビュー【お化け友の会通信 from 怪と幽】
公開日:2024/5/18
「警察庁・呪われ係」。そこは霊的存在が引き起こしたと考えられる未解決事件を専門に扱う部署。怪しげな捜査員が集う中に一人のベテラン刑事が配属されてきた。古典的怪談を彷彿させる怪事件、そして突然現れた怪談師を相手にオカルト嫌いの魂が炸裂する!
取材・文:門賀美央子
写真:川口宗道
『怪談刑事 』発売記念 青柳碧人インタビュー
警視庁の所轄署で数々の事件を解決してきた警察官・只倉恵三55歳。長年現場の一刑事であることを誇りにしてきたが、数年後に迎える定年を前に命じられたのは「警察庁 第二種未解決事件整理係」への転属だった。
耳慣れぬ部署名に戸惑いながら地下4階にあるオフィスに向かうと、そこにいたのは挙動不審の同僚たち。そして係長からこう告げられる。
「うちで扱うのは全国で起きた“第二種”未解決事件。平たく言えば、呪いとか心霊とか、そういったものが関わって未解決になってしまった事件なんだよ」
実直な刑事の新たな職場は、通り名「警察庁・呪われ係」だったのだ。
青柳流ミステリー怪談
「版元の編集者と何か新しいテーマで新作を出そうと相談をしている最中に『何か趣味はありますか』と問われたんです。そこで『怪談』と答えたのが、本作を生むきっかけになりました」
とはいえ、当初はあまり乗り気ではなかったという。
「怪談はあくまでも趣味にとどめておきたかったんですよ」
作品はミステリー中心の青柳さんだが、実は昔から大の怪談好きだった。
「『学校の怪談』や口裂け女のような都市伝説系が大好きでした。大人になってからは『新耳袋』の映像作品を見るようになり、その後に原作本を読み始めてすっかりはまってしまいました。聞いた話をそのまま書いているようなあの手法が非常におもしろく感じたのです。近年はYouTube などで怪談動画を見つつ、怪談ライブをやっている店にも行ってみたりするようになりまして。今回も編集者と一緒に何度か怪談ライブに行くうちに、テーマが怪談のミステリー連作にしようと決まったのです」
怪談とミステリー。一見水と油のようだが、取り合わせとしてはさほど珍しいものではない。たとえば本邦の探偵小説の先駆けである『半七捕物帳』も第一作は怪談仕立てだ。
「怪奇現象が起こって、それを合理的に解明していくミステリーはもういっぱいあります。だから、それらと差別化する必要がありました。僕ならではの工夫が必要だったのです」
その結果生まれたのが、古典怪談を想起させる珍奇な事件を解決するという、青柳さんらしい枠組みの物語だった。
第1話「繰り返す男」で只倉が挑むのは2年前に起きた奇怪な未解決事件。ある男が集落の集会所で心臓発作を起こして亡くなったのだが、検視の結果、ありえない事実が浮かび上がった。男が最後に目撃者たちと話をした時、彼はもうすでに死んでいた、というのだ。しかも死の直前に見せた奇妙な振る舞いは有名な実話怪談「田中河内介の最期」に似ていた。
「この『田中河内介』怪談は典型例だと思いますが、愛好者なら知っているけれども、一般的な知名度はさほどない話というのがあります」
田中河内介の怪談は大正時代に開催された百物語の会場で実際に起こったとされていて、場に立ち会っていた当時の著名人たちが語ったり、書き残したりして有名になった。今で言うなら、芸能人が参加する怪談ライブでの恐怖ハプニング、ということになるだろうか。
「他にもスタンダードともいうべきおもしろい怪談や妖怪譚はたくさんあります。だから、それらを話のベースに使って、怪談初心者の読者層に知ってもらえたらと思いました」
第2話以降も有名怪談が出てくるが、そのラインナップはマニア心をくすぐるものばかりだ。怪談好きならば思わずニヤリとするシーンがたくさんあるだろう。
活写される現代怪談シーン
怪談の魅力を伝える一方、ミステリーとしてのおもしろさも欠かせない。
「怪談をただミステリーに仕立てるだけで終わってはいけません。謎も、単なるこじつけではなく、そのやり方が犯人にとってベストでなければならない。今回はそこが難しかったですね」
その言葉の通り、各話で発生する事件は一見謎めいたシチュエーションながら、心理的には「そうならざるをえなかった」状況が用意されている。犯罪はあくまで“現実”なのだ。ただ、そこで終わらないのが本作のおもしろいところ。
その先に、さらなる不思議が待ち受ける。そして、その世界に只倉を導くのが和装長髪のあやしげな怪談師・関内炎月だ。うさんくささ満点のこの男、なんと只倉の愛娘が彼氏として連れてきた男だった。そして、只倉が担当する怪事件の内容を知ると、正座して真剣にこう言ったのである。「お義父さん、どうか私に、このお話をください!」
「もう2年ぐらい前でしょうか。下駄華緒さんというミュージシャン出身の怪談師の方と飲みに行ったことがあったのですが、その時に僕がちょっとした怪談をしたら、すぐさま『その話を私にください!』と言ってこられまして。その様子がなんだか『僕にお嬢さんをください!』みたいで、ちょっとおもしろいなと思っていたんです」
人気怪談師の炎月は常に怖い話を求めている。言動も芝居がかっている。少々浮世離れしたキャラクターだが、なんだか妙にリアルだ。
「僕が怪談を聴くのはYouTubeやライブ配信が中心なのですが、何人かよく拝聴する怪談師がいまして、その方たちをモデルにしました」
おそらく、怪談好きならば、炎月のキャラクター造形には怪談師あるあるを感じることだろう。他にも、怪談系YouTuber も登場するが、とにかくネタ集めのためなら、彼らは一切労を厭わない。ときには傍若無人なほどである。
「昨年、『怪談青柳屋敷』という実話怪談集を出しました。それもあって最近は僕も実話怪談を集めるようになりまして、誰かに怪談を話してもらうとやっぱり『それ、書いてもいいですか?』って尋ねてしまうんですよ(笑)。以前、作品にできるような話は100集めて1つぐらいだと聞いていましたが、自分がやるようになってその感覚がわかってきました。だから、彼らの必死さ、よくわかるんです。常に新鮮なものを出し続けなければいけないのは大変ですよ」
呪われ係の刑事として捜査する只倉はまさにネタの宝庫。しかもどれも極上。炎月にしてみれば最高の情報源だ。しかも彼女の父親であるわけで、どうやっても気に入られたい。
だが、只倉は元々超常現象否定派である上、炎月は娘の彼氏。父親にとっては不倶戴天の敵のような存在である。もし、この男の顔に泥を塗ることができれば娘だって百年の恋も冷めるかもしれない。そうなってほしい一心で、当初やる気ゼロだった呪われ係の仕事も
必死に取り組むようになる。そして見事に怪奇事件を合理的解決に導くのだが、なぜか事態はいつも只倉の望まない方向に進んでいってしまう。そう、本物の怪異が浮かび上がってくる方向に。
「怪談を考察する見方もありだと思います。でも、最終的な答えは出ないわけじゃないですか。きれいに解決するのは気持ちいいものですが、それだけじゃない楽しさもある。どんな結末も全て認める怪談は“寛容の文化”なのだと思います。それに、怪談の肝は必ずしも怖さだけではありません。怖くはないけれども、辻褄の合わなさや不合理さが不思議な余韻を残す話もあります。どうやら、僕はそういうものの方が好きなようなんです。もちろん、怖い話もいいですが、もっと幅広く“不思議”を楽しもうよという姿勢で僕はいます。だから、怖さよりおもしろさを前面に出した本作をきっかけに怪談に興味を持つ人が増えてくれるとうれしいですね。裾野が広がっていったら、これまで聞いたことないような怪談が入ってくるようになるでしょうから。怪談好きをどんどん増やしていきたいものです」
作品紹介
『怪談刑事』 青柳碧人 実業之日本社
田中河内介にまつわる実話奇談、江戸時代の猫憑き話、民話のマヨイガにトンネル怪談、さらには稲生物怪録まで。我が国を代表する怪談奇談の数々をなぞらえるような未解決事件の謎に挑む刑事の前に立ちはだかるのは怪談師?新感覚のユーモア怪異怪談ミステリー。
こちらも注目!
『名探偵の生まれる夜 大正謎百景』
名作誕生の裏に、こんな謎解きが!? 与謝野晶子や芥川龍之介が挑む事件の真相とは。史実と虚構が入り混じる、文豪や偉人たちによる大正浪漫ミステリー全8 編。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322102000162/
『怪談青柳屋敷』
青柳碧人 双葉文庫
人気ミステリー作家はじつは怪談好きだった! 著者初の実話怪談集。家にまつわる怪談や自ら体験した怪異、出版業界で耳にした恐怖体験など49 編を収録。
※「ダ・ヴィンチ」2024年6月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載
プロフィール
青柳碧人(あおやぎ・あいと)
1980年、千葉県生まれ。『浜村渚の計算ノート』で第3回「講談社Birth」小説部門を受賞し、デビュー。著作に『彩菊あやかし算法帖』『むかしむかしあるところに、死体がありました。』『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』『怪談青柳屋敷』など多数。
怪と幽紹介
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小説● 小野不由美、有栖川有栖、岩井志麻子、澤村伊智
漫画● 諸星大二郎、高橋葉介、押切蓮介
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