凶悪な半グレ集団が次々と殺されるーー。事件を中心に露わになる登場人物たちの「罪」と「罰」を描く社会派サスペンス

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/5/27

鎮魂
鎮魂』(染井為人/双葉社)

 約10年前、ある半グレ集団がニュースやワイドショーをにぎわせた。彼らは著名人を巻き込んだ暴行事件、六本木クラブ襲撃事件などを立て続けに起こし、「半グレ」という言葉が広く知られることに。メディアでその名を聞くことのなくなった今も、記憶に刻まれている人は多いのではないだろうか。

 そんな半グレ集団や彼らの事件を想起させる小説が、『鎮魂』(染井為人/双葉社)だ。というと、実際の事件をただセンセーショナルに扱った小説のようだが、そうではない。本作で投げかけられるのは、「罪」と「罰」をめぐる普遍的な問い。加害者を赦せない被害者や遺族は、気持ちのやり場をどこへ向ければいいのか。法で裁かれた以上、赦さなければならないのか。一方、罪を犯した加害者にはやり直しのチャンスはないのか。社会的に抹殺されたあと、どう生きればいいのか。単行本から約2年の時を経てこのたび文庫化されたが、今も風化しないテーマがここにある。

 事件の中心となるのは、半グレ集団「凶徒聯合」。リーダーの石神は、交際相手を殴り殺し、海外逃亡中。主要メンバーの中には、不動産会社や芸能プロダクション、土木工事会社といった正業で成功を収め、家庭を築いた者も少なくない。準暴力団指定を免れるため、『凶徒聯合の崩壊』という本を出版し、表向きは解散しようという動きも見られていた。

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 そんな中、主要メンバーのひとりである坂崎が殺害された。警察は暴力団や半グレ同士の抗争を疑うが、捜査はなかなか進展しない。「凶徒聯合」メンバーを若い頃から見てきたベテラン刑事の古賀は、若き相棒・窪塚とともに聞き込みの範囲を広げていく。

 冒頭では事件捜査の模様が描かれ、このまま犯人探しが進んでいくものと思わせる。だが驚いたことに、途中で犯人視点にスイッチ。動機が復讐であること、犯行の手口などが、英介なる人物によって明かされていく。さらに彼は、「凶徒聯合」の元メンバーであり、その後YouTuberに転身した田中をも手にかける。犯人が捕まるのが先か、それとも「凶徒聯合」が壊滅するのが先か。スリリングな展開から目が離せない。

 しかも、視点人物はさらに増えていく。「凶徒聯合」主要メンバーであり、土木工事会社を営む小田島は、もうすぐ4人目の子どもが生まれる父親だ。「凶徒聯合」と距離を置きたいと願うが、組織の結束は固く、リーダー石神への恐怖心から今も足を洗えずにいる。彼らの犯罪は「若い頃のやんちゃ」ですませられるものではなく、被害者のことを思うとやるせない気持ちになる。それでも幸せな家庭を築いた小田島の暮らしぶりを見ると、そのすべてを奪っていいものだろうかと疑念が湧いてくる。さらに、英介の恋人だったと思われる謎の女性、SNSで犯人を賞賛する男性など、それぞれの立場から事件が語られる。多角的な視点を取り入れることで、「被害者は加害者を赦せるのか」という問いへの答えがますます見えなくなっていく。

 中でも強い印象を残すのが、SNSで正義を振りかざす中尾だ。坂崎が殺された夜、たまたま彼と同じ店に居合わせた中尾は、過去に友人が「凶徒聯合」から暴行を受けた経緯もあり、彼らに憎悪を募らせていく。SNSで明かしたエピソードがバズり、ネットで「凶徒聯合被害者の会」を立ち上げた彼は、徐々に発言を過激化させていく。「なぜ、まっとうな自分が損をして、汚い連中が得をするのか」と考える彼の主張にはうなずけるところもある分、承認欲求と歪んだ正義に飲み込まれ、暴走していく姿に「一歩間違えれば自分もこうなっていたかもしれない」という恐ろしさを感じる。

 終盤には犯人の正体に関するどんでん返しもあり、ミステリーとしての面白さにも不足なし。文庫化された今こそ、時が経っても色あせないテーマの普遍性に気づかせられる。

文=野本由起

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