東の魔女/【吉澤嘉代子 エッセー連載】ルシファーの手紙 #6

文芸・カルチャー

公開日:2024/6/25

 昔々、魔女にさらわれる夢をみた。黒いドレスを纏い、幾つもの宝石を輝かせる不気味な老婆。その恐ろしい姿が焼きついて、目が覚めても胸の高鳴りは消えなかった。そのうちに、あのままさらわれていたら私も魔女になれたのかもしれないと思いはじめた私は、再び迎えが来るまで魔女修行をはじめる。

 修行といっても、何をすればよいのかわからない。私は取りあえず箒に跨いで念じてみたり、何となく鍋に果物を入れて煮込んでみたりした。もっとも、魔女を語る本には魔女らしいアイテムが登場する。しかし、毒蛙を捕ったり骸骨を手に入れたりする術はなかった。

 さっぱり手応えのないまま修行は続いた。そもそも、大概の主人公たちは生まれつき魔法の力を持っているのだ。まだ本人に自覚がない場合でも、後に大魔法使いになる逸材であることが約束されたえらばれし者ばかり。

 おまけに彼らは魔法めいたものに乗り気でなかったりした。平凡だったはずの主人公が、逆らえない運命によって“仕方なく”魔力を覚醒していく。使い魔に対しても最初は真剣に取り合わなかったり邪険に扱ったりする。それでこそ主人公。すごくクールだ。

 私みたいに自ら魔女を求め魔法への理解がある、やる気のある子供のもとに魔女はやってこないのだ。

コツはね、朝、目覚める寸前の、あの夢と現実の境の感じをしっかり自分のものにするんです。これから毎朝、その瞬間を意識して捉えてごらんなさい。そして、自分で見ようと決めたものを見ることができるように訓練するんです。最初はマグでも、りんごでもいいんです。それができるようになったら、今、現実には見えないもの、例えばこの箱の中身だとかそういうものを見たいと思い、実際に見えるようにするんです。そうなるまでにはかなり時間がかかりますけどね。でも、気をつけなさい。いちばん大事なことは自分で見ようとしたり、聞こうとする意志の力ですよ。自分で見ようともしないのに何かが見えたり、聞こえたりするのはとても危険ですし、不快なことですし、一流の魔女にあるまじきことです
『西の魔女が死んだ』(梨木香歩/新潮社)

 それは人生のバイブルとの出会いだった。主人公のまいが魔女の血筋を引くという祖母に、魔法とは何か教えを受けるシーンである。これまで想像していた如何にもな超常現象ではなく、地に足のついた提案に思えた。まずはまどろみを捉える感覚か。難しいけれど手を伸ばせば届くような気もする。何より、子供でも大人でも等しくスタートを切れる修行だ。

 私はもっと自分の心と向きあうことにした。小さな物語やポエムをしたためた。怖いことや恥ずかしいことも書いた。そしてその続きに今もいる。まだまだ修行の身ではあるが、魔法は生活の中にちりばめられていること、とても儚いものだということ、ときに強いものだということも知った。

「いちばん大事なことは自分で見ようとしたり、聞こうとする意志の力」という、まいの祖母の言葉を思い出す。心がここにあるのは苦しいことである。重みに耐えられないと思うときもある。それでも私は信じたい。私もきっと誰かの心をさらえるのではないかと。いつか憧れた魔女みたいに。

吉澤嘉代子

<第7回に続く>

あわせて読みたい

吉澤嘉代子

1990年6月4日生まれ。埼玉県川口市鋳物工場街育ち。2014年にメジャーデビュー。 2017年にバカリズム作ドラマ『架空OL日記』の主題歌「月曜日戦争」を書き下ろす。 2ndシングル「残ってる」がロングヒット。 2023年11月15日に青春をテーマにした二部作の第一弾EP『若草』をリリースし、約3年振りとなる全国ツアーを開催。 2024年3月20日に第二弾EP『六花』をリリース。4月にHall Tour “六花”を開催。 2024年5月14日にLINE CUBE SHIBUYAにて行われた「吉澤嘉代子10周年記念公演 まだまだ魔女修行中。」を皮切りにアニバーサリーイヤーがスタートしている。 10月からは全国を巡るツアー「旅する魔女」を開催中。