押見修造「漫画を描くのは幼少期に抱えた傷の治癒行為」。『惡の華』『血の轍』にも通じる、映画『毒娘』前日譚の根底にあるもの【『ちーちゃん』インタビュー】

マンガ

公開日:2024/5/30

ちーちゃん
ちーちゃん』(押見修造/講談社)

惡の華』(講談社)や『血の轍』(小学館)といった漫画で、思春期の心の傷を丁寧に描き、ヒット作品を数多く生み出している漫画家の押見修造さんが、2024年4月5日公開の映画『毒娘』のキャラクターデザインを手がけた。映画公開と同日、『毒娘』の前日譚となる漫画『ちーちゃん』(講談社)も発売。『ちーちゃん』の見どころを、押見さん独自の漫画を描く時の思いと共に詳しく話を聞いた。

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内藤監督と自分の創作の根底にある「みんな死ね」感

押見修造さんが映画『毒娘』のキャラクターデザインを手がけたと聞いて驚きました。

押見修造(以下、押見):漫画家が実写映画のキャラクターデザインを務めることはあまりないことですよね。ですから、依頼を受けた時は驚きました。快諾したのは、『毒娘』の映画監督が内藤瑛亮さんだったからです。私は元々内藤さんの監督作品が大好きで、以前からご本人とも知り合いです。そういったことが『毒娘』のキャラクターデザインをすることになった大きな理由ですね。

―その後に映画の『毒娘』の軸となる、暴力的でつかみどころのない少女ちーちゃんを主人公にした前日譚の漫画『ちーちゃん』を描くことになったのですか?

押見:そうです。最初は数ページでもいいからと内藤監督から依頼を受けたのですが、最終的には単行本1冊の長さになりました。ちーちゃんがどうして映画のような暴力的で不思議な少女になったのかは描いていません。『毒娘』はちーちゃんの昔住んでいた家に新しい家族が来るところから始まります。『毒娘』で、以前、ちーちゃんが人を失明させた事件についての話があり、その事件に至るまでの経緯を『ちーちゃん』で描きました。

ちーちゃん

 田舎で表出する暴力性は、私の他の漫画『惡の華』や『血の轍』でも描いていて、ちーちゃんを含め私の描く人物たちは「みんな死ね」感があるんです。

―「みんな死ね」感とは?

押見:私自身、思春期に閉塞感があり、「みんな死ね」とはっきり思わなくても、そういう感覚がありました。内藤監督の作品にも同じ感覚があり、シンパシーを感じています。

 たとえば内藤監督の作品で、私の好きな映画のひとつに『先生を流産させる会』(2011年公開)があります。男子生徒が教師を流産させようとする実話を、男子生徒を女子生徒に性別を変えて映画化した作品で田舎での暴力性がとことん描写されています。そういった内藤監督ならではの作家性に共鳴しています。

漫画を描くことは思春期の自分を癒す治療行為

ちーちゃん

―依頼された漫画『ちーちゃん』だけではなく、先ほど挙げた『惡の華』や『血の轍』も「田舎で爆発する暴力性」を感じる漫画です。

押見:私の漫画を描く理由は、自分の思春期の心の傷や閉塞感を癒すことにあります。もちろんノンフィクションではありません。たとえば『血の轍』は母親が主人公の人生を狂わせる物語ですが、「え、押見さんもそうだったの!?」と言われると違いますし。

 ただ自分の漫画の主人公の少年たちは自分と近いものがあります。思春期の傷をあえて振り返り、漫画を描くことで、一種の治療効果が得られます。自分と同年代の人物を主人公にするやり方もありますが、私の場合はどうしても思春期の子どもになってしまいます。漫画を描くことが、私にとって思春期に抱えた傷に対しての、一種の治療行為になっています。

―登場人物のキャラクター設定はどのようにしているのですか?

押見:どの漫画もいわゆるキャラクター設定はしていません。夜道を歩いたり、外を見ながら、「こういう場所にいそうだな」と想像するんです。自分の故郷に似ている場所が多いですね。あえて言語化せず、漠然と人物像をとらえ、「街のあの辺にいそう」と想像するんです。ちーちゃんは先に映画を見てから描いた漫画ですが、キャラクターを描く際はほかの漫画と同じように想像していました。

ちーちゃん

よく登場する川べりは思春期のころの逃げ場だった

―物語が展開する場所も気になりました。ほかの漫画も『ちーちゃん』も、川べりがよく登場します。どうしてでしょうか?

押見:思春期の苦しいとき、川べりは自分の逃げ場所でした。だからよく登場するのだと思います。今は故郷とは異なる場所に住んでいますが、『毒娘』の西八王子は故郷に近い雰囲気で、思春期にいた場所をほうふつとさせます。

『ちーちゃん』は依頼を受けて描いた漫画ではありますが、ほかの漫画と同じように「川べりにいそうだな」と感じています。個人的に、ちーちゃんはとても好きなキャラクターなんです。人間には良い部分と悪い部分があって、それを表面に出すのがちーちゃんなんですよね。漫画には、ちーちゃんのクラスメイトとして、正義感あふれる航大(こうだい)と航大に恋をしている優愛(ゆうあ)が登場します。最初は良い人に見えるのですが、ちーちゃんがそれをぶち壊すんですよ。

ちーちゃん

―ふたりの毒があぶり出されて映画で話した過去の失明の事件に接続するのですね。

押見:漫画では航大の毒だけがちーちゃんによってあぶり出されたように感じるのですが、そうではないんですよ。漫画をよく読むとわかるのですが、優愛にも悪の部分がある。人間だれしもそうだと私は思っています。映画『毒娘』でも航大にリンクする人物が登場するんですが、彼だけが毒を持っているわけではないと考えています。

映画や漫画の特徴であるマーク「×」

―『毒娘』や『ちーちゃん』によく「×」が出てきますね。

押見:映画『毒娘』の脚本にも「×」はあるので、『毒娘』の特徴としてとらえて漫画にも組み込みました。そこで思い出して自分でもびっくりしたことがあるんです。以前、作家の佐藤友哉さんの小説の表紙イラストを制作していた時、そこにも「×」を描いていたんですよ。無意識だったので、小説と映画は似ている部分があるのだなと感じました。

ちーちゃん

―無意識に描いていてそういうことが起こるのは凄いですね!

押見:他には映画でも漫画でも、ちーちゃんの「ショートケーキとコーラ、買ってきて」という台詞があります。これは読者の皆さんに対して、ちーちゃんの可愛らしい、子供っぽい部分を見せたかったんです。彼女の内面にあるのは暴力性だけではなく、人間らしい欲求や幼児性も持った人物なんだと表現したかった。

 一方で、よくちーちゃんの持っている虫については、古典文学の『虫愛づる姫君』の影響を受けました。平安時代の貴族で昆虫を愛する姫君を主人公にした物語で、そういった作品の気持ち悪さを『ちーちゃん』でも醸し出そうと思ったんです。

―そういった古典文学など、漫画とは異なるジャンルのものからインスピレーションを得ることはよくあるのですか?

押見:はい。今回は原案のある漫画ですが、古典文学とつなげて考えた部分が、虫に関する描写ですね。

機会があればまたキャラクターデザインをしたい

―『ちーちゃん』を描き終えた今、どんなお気持ちですか?

押見:先ほど言っていた思春期の心の傷は、直近の連載漫画である『血の轍』と『おかえりアリス』(講談社)の完結で一区切りついて、ぽっかりと心に穴があいた時に『毒娘』のキャラクターデザインと前日譚の漫画制作のオファーをいただいて、本当にありがたかったなと思っています。機会があればまたやってみたいですね。

 私の描く登場人物はみな思春期の子どもたちです。彼らを描きながら自分の心の傷を癒し、最近完結した『おかえりアリス』や『血の轍』、原案のある作品ですが『ちーちゃん』を描き切って、ようやく自分の思春期の痛みが昇華した気がします。

取材・文=若林理央、取材=金沢俊吾

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