記憶喪失の王子と竜、古代兵器の疑似家族。家主の帰りを待つ3人の“お留守番録”
PR 公開日:2024/6/1
中華風世界を舞台に、逆行転生×歴史改変を描く「威風堂々惡女」シリーズが話題を呼んだ白洲梓氏。そんな氏が手掛ける新作『魔法使いのお留守番(上)(下)』(集英社)は、竜や魔法使いが登場する雄大かつ王道の西洋ファンタジー小説である。
大陸の最果てにある終島には、大魔法使いと名高いシロガネが暮らす城がそびえ立つ。彼が不老不死の秘術を得たという噂を聞きつけて、さまざまな人が終島を訪れた。だが侵入者はクロとアオという名の青年に追い払われてしまい、望みを叶えた者は誰一人としていない。
クロとアオの正体は、人間ではない。アオは古代兵器の青銅人形で、1000年前に起きた世界大戦で消え去ったはずの唯一の生き残りとして、シロガネに掘り起こされて共に暮らしていた。一方のクロは、200年前に絶滅したと言われている竜の最後の生き残りである。かつては人間と共存していた竜だが、疫病をきっかけに竜の虐殺が起こり、クロは同胞をすべて失った。シロガネに救われて家族として慕うクロとアオは、長いあいだ城を不在にする魔法使いの帰りをずっと待ち続けているのであった。
ある日、小舟に乗った瀕死の少年が終島に流れ着く。記憶喪失の少年はヒムカ王国の王子で、王を殺すと予言されたために罪人として追われていた。クロは少年にヒマワリという新しい名前を与え、記憶が戻るまで城に住まわせることにする。シロガネの留守を預かり、訪問者を追い払うという、穏やかで代わり映えがしない日々を送っていたクロとアオの日常は、ヒマワリの登場で大きく動き出し――。
人間のように感情を持ち、流行の小説などにも関心を示すユーモラスなアオと、ツンデレで少し子どもっぽい一面もあるクロ。そこにヒマワリが加わった新しい暮らしは当初はぎくしゃくとするが、終島を訪れる侵入者たちが起こすさまざまな事件を通じて、三人は家族としての絆を深めていく。他方で、シロガネという大事な人の帰還を心待ちにする二人に対して、ヒマワリは彼が戻ってきてしまえば居場所を失うのではないかと不安や嫉妬心を抱く。一風変わった疑似家族としての関係を育む彼らの行く末は――。
上巻では、一族に連綿と続く竜の呪いを発症した少女、タイムトラベルによってこの時代を訪れる未来人、シロガネに弟子入りを志願する魔法が使えない魔法使いなど、終島を訪れる侵入者たちを中心としたハートフルドラマを展開。続く下巻では、ファンタジー小説を読む大きな醍醐味である「世界の仕組み」にまつわる秘密に切り込んでいく。鍵を握るのは、大陸の東西南北を守る四大魔法使い、そしてこの世界における最初の魔法使いである「魔女」の真実。物語はスケールを広げながら展開する。
カバーイラストも美しく、上下巻を並べて生まれる一枚の絵は、別世界への扉を示してくれる。装丁の世界観まで含め、ファンタジー好きの心を掴む物語だ。
文=嵯峨景子