登場人物たちの関係を引き立てるための道具として恋愛を取り入れてみるーー『告白撃』住野よるインタビュー
公開日:2024/6/7
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年7月号からの転載です。
デビュー作『君の膵臓をたべたい』の系譜に連なる、高校生を主人公にした青春恋愛小説『恋とそれとあと全部』で見事、小学館児童出版文化賞を受賞した住野よる。最新長編『告白撃』もまた青春恋愛小説と言えるものなのだが、登場人物はみな大人たちだ。他にもさまざまな点で、紛れもなく新境地突入の一作となっている。
取材・文=吉田大助 写真=首藤幹夫
「小説を書く時に、5億点のシーンが1個あれば、極論あとはめちゃくちゃにしてもいいと思っていたんです(笑)。今回の小説に関しては全体的な構成を練って、ちゃんと感動できるものを作りたいという思いがありました」
その理由の一つは、丁寧に構成しなければならない、魅力的ながらも難易度の高い設定を思いついたからだ。
「着想の発端は担当さんから、“自分のことを好きだとわかっている人を、結婚式に呼ばなければいけなかった”人の話を聞いたんです。めっちゃ苦しいし、めっちゃつらくていいじゃないですか。そのエピソードを聞いてから“どうやったら呼ばないで済むんだろう?”と考えるのが楽しくて、そこで想像したことを小説にしてみたいと思ったんです」
物語は、大学時代に出会い30歳になる今も仲がいい、既婚男性の果凛と異性の親友・千鶴のやり取りから始まる。千鶴は会社の同僚と婚約したと報告してきたのだが、共通の友人である響貴のことで相談があるとポツリ。千鶴いわく、響貴は「私のことが好きなんだ」。果凛は11年間の付き合いを振り返り、「そうだと思う」と答える。千鶴は自分が他人の花嫁になる姿を、響貴に見せたくなかった。だから……「響貴から告白されようと思ってる」「気持ちを互いの間でオープンに出来てれば、結婚式に呼ばない理由になる。だから告白されて、断りたい。もちろんあいつがここまで長く黙ってたのを簡単に言う気はしないから、もしよかったら、果凛に協力してほしい」。
果凛は「なんだその最悪な作戦」と一旦は拒否するが、最終的に協力することを決める。響貴の片思いを終わらせてあげるためだ。かくしてふたりの「告白大作戦」が幕を開ける。
「大まかな話の流れができて『告白撃』というタイトルも決まったものの、登場人物たちの顔が全然見えてこない時期が長かったんです。そもそも勝敗のわからない告白から恋愛を始めよう、始めさせようとするのは青春の特権っぽいところがあって、なんとなくで始まっちゃうのが大人の恋愛ですよね。どんな大人がこんな作戦をやろうとするんだろう、と悩みました。そんな時にフラッド(a flood of circle)のライブを観に行って、“そうか、フラッドが好きな女の子だ!”と。僕がフラッドに対して抱いているイメージを言葉にすると2つあります。闘争と夜明けです。他の誰かではなく世界や自分自身と戦って、夢に向かって走り始める一歩目を常に音楽にしているような、ロマンチックさを感じるんですよ。フラッドのことが好きな女性なら本人もきっと超ロマンチストで、告白大作戦も純粋な思いでやってくれるに違いないと思ったんです」
友達と出会った頃の自分に戻っていく
千鶴はもちろん、果凛もとことん率直かつ真面目なのだ。まずはどうやったら響貴が千鶴とふたりきりになれるかと作戦会議を開き、大学時代から仲がいい男女6人で泊まりがけの温泉旅行を企画、夜にこっそり抜け出せばムードもいいはずだと結論付ける。ところが、実際の旅行中は空回りに次ぐ空回り。その空回りっぷりは笑えてしまうくらいだ。
「果凛と千鶴は、それが良い部分でもあるけどアホなんですよね(笑)、ちゃんとした大人になりつつある響貴相手に、そんなふたりの作戦は簡単に通用しない(苦笑)。いろんなルートから“告白撃”を繰り出す必要があるぞ、とは着想の段階から決めていました」
実は、仲良し男女6人組の他のメンバーも、千鶴と響貴がくっついてほしいと思っていたのだ。かくして今度は彼らのプランニングによる、第2弾の“告白撃”が展開され……。その後も、起伏と驚きに満ちたストーリーテリングが相次いでいく。
「担当さん達からずっと千鶴のあざとさが気に入らないって言われながら書いていたんですが(笑)、彼女含め6人の関係を書くのは純粋に楽しかったです。出会ってから10年以上経ってもまだ付き合えているってことは、お互いに嫌いな部分より好きな部分を見てこれたってことだと思うんですよね。それって、大人にしかできないことだよなと思うんです。果凛は出版社の営業マン、千鶴は化粧品メーカーのマーケター、響貴は公認会計士として、職場で真面目に働いている姿も書いているんですが、6人で集まった時は急にバカっぽさが出る。友達と一緒にいるとみんなと出会った頃の自分に戻っていく感じも、少年少女たちの関係ではなかなか出せないエモさだなと思います」
千鶴は「学生時代を思い出すと、なんか夢の匂いを感じるんだよね」と言う。6人でいると、他では味わえないその匂いが香るのだ。
「僕自身、匂いがないものに匂いを感じることがあるんです。そのひとつが、人と人の関係。今回も、はっきり描写しているわけではないんですが、“6人の中の、このふたりの間にだけある関係の匂い”みたいなものも出したいなと思っていました」
揺れ動かない大人をどう崩していくか
本作は「良かれと思って」行動する人々の、他者に対する想像力の貧弱さを突いた作品でもある。後半のとある場面でのセリフの応酬で、胸を掻きむしられる感覚に陥らない読者はいないだろう。
「大人の話を書くんだけれども、大人だけに向けた話にはしたくないなとずっと思っていました。10代の子たちでも面白いと思えたり、グサッと来る話じゃなければダメだ、と」
少年少女たちの物語の紡ぎ手として知られる著者が、30代の大人たちを主人公にした群像小説を書くのは今回が初めてだった。数多くの発見があったという。
「例えば、男の子が女の子に触るだけでも緊張してしまうとなると、作れないシーンがいっぱい出てくるんです。大人だから心身どちらの面でも相手との距離感が分かっているというだけで、書いていて相当ラクな部分がありました。ただ、感情の揺れ動きを表現するのは本当に難しかった。少年少女だと常に揺れ動いているものだと思うんですけど、大人って主義主張が自分の中にできあがっちゃっているんですよね。自分の機嫌の取り方もある程度分かっちゃっているし、崩れた時は自分で立ち上がらなければいけないことも知っている。そこをどう崩していくかが、特に終盤を書く際に苦労したところでした」
大人たちが揺れに揺れる最終盤のロングスパートは、本作の醍醐味だ。
「その手前で話を終わらせようと思えば、終われるんですよね。でも、その先が知りたいというのは読者さんも感じるだろうし、僕自身も登場人物たちのために何かしらの決着を付けてあげたかったんです」
本作は大人の青春恋愛小説ではあるものの、読み終えた時の印象は異なる。これは人間関係についての小説であり、人生についての小説だ。
「恋愛を書くことが目的ではなくて、登場人物たちの関係を引き立てるための道具として恋愛を取り入れてみる。それを意識的にやるのは自分でも新しかったし、すごく面白かった。またやってみたいですね。その時はまた、担当さんたちと“人を好きになるって何なんですかね?”とコイバナするところから始めたいです(笑)」
住野よる
すみの・よる●高校時代より執筆活動を開始。2015年、『君の膵臓をたべたい』でデビュー。23年、『恋とそれとあと全部』で第72回(2023年度)小学館児童出版文化賞を受賞。他の著書に『青くて痛くて脆い』『この気持ちもいつか忘れる』『腹を割ったら血が出るだけさ』、「麦本三歩の好きなもの」シリーズなどがある。