「アタシ、なんで同じ種族じゃないんだろうなあ」“チャボ”の桜目線で描かれる、止まり木のような癒し本
PR 公開日:2024/6/6
やわらかなフワフワの羽根で包まれ、体の内奥まで温められたような気分だ。心が幸せで満たされ、強張っていた体がほぐれていく。失敗ばかりの毎日も、つまずいてばかりの自分も、何だかすべてを認められたような気がする。最近上手くいかない毎日にウジウジしていたのに、まさかこんなにも前向きになれるとは思わなかった。読む者を抱きしめてくれるような本——それが、彩瀬まるによる『なんどでも生まれる』(彩瀬まる/ポプラ社)。前代未聞の、キュートでラブリーな“チャボ”小説だ。
主人公はチャボの桜。狭く不衛生な小屋で、小さい体を兄弟たちにつつかれながら辛い毎日を送っていた彼女は、ある寒い夜、外敵に襲われて逃げ出したところを茂さんに救われ、それ以来、茂さんとともに暮らしている。今までの辛い暮らしが嘘のように、茂さんとの日々ほど、桜の心を満たしてくれるものはない。だが、人と話すのが苦手な茂さんは、仕事も人間関係も上手くいかず、やがて、心と体のバランスを崩し、東京の下町の商店街でジイチャンが営む金物店の2階に居候することになった。毎日部屋にこもりっきりの茂さんを、どうにか外に連れ出したい。自分の代わりに茂さんを助けてくれる人間を探し求めて、桜は街へと繰り出し、思いもよらない出会いを引き寄せていく。
薄茶と白が入り交じった明るい羽。ニワトリよりもずっと小さく、眠ると玄米餅みたいにまんまるになる体。そんな桜の愛らしい姿に惹きつけられるのはもちろんのこと、そのユーモラスな語り口はスッと心に染み渡っていく。桜は言う、拾ってもらったあの日から茂さんと自分は一心同体、「茂さんがうれしければアタシもうれしい、茂さんが苦しければアタシも苦しい」のだと。だから、桜は、いつだって茂さんのそばにいる。「アタシ、なんで茂さんと同じ種族じゃないんだろうなあ。人間なんてぬるっとして細長いし、頭が丸いのがずいぶん間抜けな感じだけど、茂さんの味方になれるなら人間に生まれたってよかったなあ」。そんなふうに悩むほど、茂さんのことを思う愛情深い姿には、心動かされてしまう。
そんな桜の活躍のおかげで、茂さんの日常は少しずつ変わり、だんだんと調子を取り戻していく。だけれども、上手くいくばかりの日々ではない。それに将来を思えば、悩みだって尽きない。しかし、桜はそんな茂さんをいつだって肯定する。
「アタシも、お友達の鳥たちも、色んなきっかけで生き方を変えます。迷うのも変えるのも、生き物ががんばって暮らしているから起こることで、素敵なことです。」
ああ、桜みたいな存在が、私のそばにもいてくれたら、どんなに心強いことだろうか。読めば読むほど、桜の虜にさせられてしまう。
歯切れよく桜に助言する「師匠」という名のセキセイインコ。一羽だけ群れから離れて生活している派手な見た目のバリケン。春に向けて鳴き声の練習をするウグイス。桜を取り巻く鳥たちの存在も、私たちに確かな気づきを与えてくれる。鳥たちだって、人間たちと同様、悩みながら、毎日を過ごしている。桜だって、茂さんと出会う前までは、「いきていると、いつもこわい」とさえ感じていた。だが、茂さんと出会った時、桜は何倍にも膨らみそうな喜びとともに空に亀裂が入り、新しい世界に生まれ出たような気がしたのだ。茂さんにだって、いつか必ずそういう日が来る。そして、私たちにも、きっとそういう日は来るのだ。
この本を読むと、変わることも、悩むことも、決して悪くはないと思えてくる。桜の小さな体で温められた私たちの心には、気づけば、熱い何かが漲ってくる。そうして湧き上がるエネルギーは、自分を覆ってきた固い殻さえ突き破ってくれそうだ。この物語は、まるで止まり木。しっとりと癒され、読み終えた後には、少し高く、飛ぶための練習がしたくなる。のびのびと自分らしく生きるための勇気をくれる、今年いちばん癒されるこの本は、今の自分に悩む、すべての人に是非とも読んでほしい。
文=アサトーミナミ