東京・江戸川区のアパート住民たちに訪れた“人生の岐路”。世間から取り残されたような心模様が交差する『町なか番外地』
PR 公開日:2024/6/6
●同じアパートで暮らす4人の住人の物語
作家・小野寺史宜氏の新作『町なか番外地』(ポプラ社)には、「ベルジュ江戸川」という同じアパートに暮らしながら、まったく異なる暮らしを営む4人の人物が登場する。マッチングアプリで知り合った2人目と別れたばかりの佐野朋香。妻や娘とうまくいかず、仕事にも行き詰まる片山達児。むかしの仲間を若くして喪った青井千草。後輩の陰口にショックを受けて会社を辞めた新川剣矢。平凡な暮らしを送っていた彼らはある時、人生の岐路に立つ。
たとえば、モノローグで自分自身を“おれ”と名乗る片山達児は、いつも自分を中心に考えてしまう“俺様”的な人物だ。「言わなくていいこと」や「自分が思ってないこと」まで相手に言ってしまうタイプで、自分が良かれと思ってしてきたことが、まわりにとって、そうではなかったことに気づく。
一方、青井千草が好きだったむかしの仲間は、「普通はそこまで考えない」ようなことにまで気をまわし、自分が大して悪くなくても謝るような人だった。千草はその仲間を喪ってから、彼女が生前に苦しんでいたことを確信する。
自分中心になりすぎても、まわりに気を使いすぎても、自分にとって良い結果にはならない。4人の物語を読んでいると、これだから人生はむずかしい…と身につまされる。
●自問自答を繰り返す心模様に強く共感
だが、現実がそうであるように、登場人物のもとに奇跡が訪れることはなく、彼らは、思い通りにいかない現実を真っ向から突きつけられる。表向きは、何事もなかったように同じアパートの住人たちとあいさつを交わしながら。
恋愛、大切な人との別れ、家族、仕事…生きている上でどうしても向き合わなければならない心の葛藤。あの時こうしていれば…いや、考え過ぎかもしれない…と自問自答を繰り返す登場人物たちの心模様は、飛躍することも、大袈裟に描かれることもなく、読み手の心のひだを一つひとつ丁寧に撫でるように表現されており、誰もが強い共感を覚えるのではないだろうか。
●小さな一歩を踏み出す「町なか番外地」
タイトルにある「番外地」とは、地番のついていない土地を指すそうだ。町のなかに確かに在るのに、どこにも属さず、ゆらゆらと揺れ動いて存在が定まらない空白地帯。それは、世間からひとりだけ取り残されたような4人の心模様そのものを表しているようにも思える。
たぶん、日常からもう少し離れてみることにしたのだ。自分にできる範囲で。電車に乗った結果そうなる、という形でではなく、自分の足で動く、という形で。
(36ページより)
4人はそれぞれの場面で番外地にたどり着き、心に少し余白ができたような落ち着いた様子で、余白のなかにいつもだったら選ばないはずの選択肢を差し込み、小さな一歩を踏み出していく。
「やかんを買う」とか「いつもは行かない場所に行ってみる」とか、側から見れば「一歩」と言えるのかどうかわからないような小さな歩みであっても、前に踏み出したことに違いはない。それによって、目の前に見える景色が少しずつ色を変えていくさまが物語のなかで描かれ、穏やかで温もりのある読後感へとつながっていく。
同時に、ふと思うのは、自分にとっての番外地はどこにあるのだろう、ということだった。意外と身近な場所にあるのではないだろうか。今まさにつらい局面に向き合っている人は、本書を読み、自分に中にある番外地を探してみるのもいいかもしれない。
文=吉田あき