杏が選んだ1冊は?「子どもたちが手にするその日まで、この作品は黙って置いておきたい」
公開日:2024/6/13
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年7月号からの転載です。
毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、杏さん。
(取材・文=河村道子 写真=金井尭子)
「私の子どもたちも、読書好き、歴史好きとして着々と成長しておりまして」と語る杏さんの顔がほころぶ。読書家で、歴史に造詣の深い母の背中を見て育った子どもたちが、なかでも気になっているのは“坂本龍馬”。
「ゆえに仕事で帰国したとき、日本の家に置いてあったこの本をフランスに持って帰ってあげようと、久々に読んだらページを繰る手が止まらなくなってしまって。子どもたちに渡すには、もう少し先かな?と思う表現があったので、持ち帰った今は、本棚の上の段に収めています。この先、少しずつ下の段へと移動させていくか、あるいは子どもたちの背が伸び、手が届くかもしれない時まで、黙って置いておこうと思います」
10代後半に全巻を揃え、夢中になって読んでいた『おーい!竜馬』は、杏さんが、そうして誰かに「伝えたい」一作。
「人々の価値観が揺らいだ竜馬の生きた幕末と、コロナ禍があり、新たな分野を切り拓く若い才能も次々と出現する今が、自分のなかで共鳴している部分があって。リアリティとフィクションの狭間にあるものを本作は作品として昇華している。考えぬかれたストーリーは、自分もそんな歴史の1ページのなかにいる、時代や価値観の変化に関わっているのだ、ということを示唆してくれます」
8年ぶりの長編映画主演作『かくしごと』も観る者の価値観を揺さぶる。杏さんが演じるのは、法に触れる嘘をついてまで、虐待を受けている少年を守ろうとする千紗子。彼女の姿を追ううち、“いったい何が正解なのか”という思いが溢れてくる。
「“良い”と思ったことを大切にするのは決して悪いことではないと思います。けれど社会生活を営むピースのひとつである以上、許されないことがあるのは確かなこと。ただ、時にそこを離れ、思考を巡らせていくことがあってもいいのかなと。エンターテインメントは、そのための良いきっかけになるものだと思います」
介護、虐待など、社会問題を背景に、顕わになってくる登場人物たちの“かくしごと”。ラストシーンで明らかになる、切実なひとつの真実に心が揺さぶられる。
「脚本をいただいたとき、このラストシーンを演じたいと思いました。そして演じるなかでは、すごく怖さも感じたんです。同時に確信したのが、この映画はミステリーでもあるということ。ラストシーンで明かされる秘密、そこから生じる衝撃を、ぜひ劇場で体感してください」
ヘアメイク:犬木 愛(AGEE) スタイリング:中井綾子(crêpe)
映画『かくしごと』
原作:北國浩二(『噓』PHP文芸文庫刊) 脚本・監督:関根光才 出演:杏、中須翔真、奥田瑛二ほか 配給:ハピネットファントム・スタジオ 6月7日(金)より全国公開 ●絶縁状態になっていた父(奥田瑛二)が認知症を発症、故郷へ戻って介護をする絵本作家の千紗子(杏)はある日、記憶を失った少年(中須翔真)を助ける。虐待の痕跡を見つけた千紗子は彼を守るため、自分が母だと嘘をついて一緒に暮らし始めるが……。 (c)2024「かくしごと」製作委員会