「3つ願いを叶えてくれる」――“憧れのあの人”と入れ替われば幸せになれるのか? 悩みと向き合う短編集

文芸・カルチャー

公開日:2024/6/7

ジンが願いをかなえてくれない
ジンが願いをかなえてくれない』(行成薫/光文社)

 もしも願いを3つかなえてもらえるとしたら、あなたなら何を願うだろうか。

 わたしが一番に思い浮かんだのは「時間が欲しい」だったが、自由に使えるお金が欲しいとか、美人になりたいとか、願望はいくらでも湧いてくるものだ。しかし、願望がかなうことと、幸せであるかは必ずしもイコールではない。その願いがかなったからといって、幸せになれるかどうかは別問題で、人にはそれぞれの幸せがある。

ジンが願いをかなえてくれない』(行成薫/光文社)は、自分ではない誰かを羨ましがってばかりいる現代のわたしたちの人生が、どれもこれも唯一無二であることを思い出させてくれる短編集だ。著者の行成薫氏は「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞しデビューした宮城県出身の作家。本書には表題作を含む6つの短編が収録されている。

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 表題作「ジンが願いをかなえてくれない」は、人の願望から本当の幸せを考えさせられる現代日本版の「アラジン」である。教室の隅にいる冴えない女子高生・初香が、契約すれば3つの願いをかなえてくれるというランプの魔人「ジン」と出会い、高校一の美女であるマリカと入れ替わろうとする物語だ。

 現代の若者らしい言葉づかいにあふれる本作は妙なリアリティがあり、主人公はじめ登場人物に共感できる部分も多くある。

“初香とマリカを比較して、初香がマリカよりも持っているものなんて何一つない。夢みたいな生活ができるセレブはどこか遠くの世界にいてくれればSNS上にしか存在しない架空の人だと思えるからまだいいけれど、同じ学校の同じクラスになって、その容姿や生活のレベチっぷりを見せつけられると、どうしても自分と比較して鬱々としてしまう。
 もし、初香の見た目がマリカだったら。
 きっと人生はイージーモードで、毎日楽しくて仕方ないだろう。”(P14より)

 自己評価が低い初香は、かつて仲が良かったマリカと自分を比較して、勝手に落ち込み、勝手に鬱々としている。初香のように、比較したり張り合ったりする必要なんてないのに、自分で自分を苦しめるような思考をしてしまう人は多いのではないだろうか。

 ジンの力によってマリカと初香の魂が入れ替わったとき、初香は何もかもを持っているかのように見えていたマリカにも苦悩があり、自分の置かれた立場や逃げ場のなさに苦しんでいたと知る。

 わたしたちは誰だって自分のことが一番大切だから、「自分はどれほど辛い」「自分ばかりがしんどい」と思いがちだ。けれど自分視点から立ち位置を少し変えて他人の立場に立ったとき、他人には他人の苦しみや辛さがあることをようやく理解できる。

 初香もまさに、マリカが日常的に向けられる好奇の目や圧力を体感したことで、マリカにはマリカの悩みや苦しみがあったことが理解できたのだ。

 自分には自分の、他人には他人の悩みがあり、誰がどうやって生きていくにも大変だけれど、理解しあえたり受け止めてもらえたりしたとき、ホッとするような柔らかく温かな安心感に包まれる。本作の短編集にはそんな安心感が少しずつちりばめられていて、少しだけ明日一歩踏み出してみようかなと思える勇気を分けてもらえる。

 現実には願いをかなえてくれるアラジンは居ないし、ランプもない。自分の願いは自分で実現していくしかない。本作で、ネガティブになりがちなマインドをポジティブにギアチェンジしよう。

文=鈴木麻理奈

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