フードデリバリーのオーダーは“謎”。シェフと配達員が二人三脚で難問を解き明かすミステリ小説
PR 公開日:2024/6/26
突然だが、皆さんはミステリ小説に何を求めているだろうか。私の場合は、ページをめくる手を止めさせない中毒性のある謎と、その謎を鮮やかに解き明かす魅力的なキャラクター、それから事件の背景に垣間見える人間ドラマ、さらにはその物語の時代性や世界観に没入する体験を求めている。そのすべてが、本書にはあった。しかも見事なほど整理されて、美しく。
『難問の多い料理店』(結城真一郎/集英社)は、フードデリバリーサービスを軸に描かれるミステリ小説である。六本木に厨房を構えるとあるゴーストレストラン(※デリバリーでのみ料理を提供する飲食店)では、特定のメニューを注文することでシェフに対して“謎解き”などの特殊なオーダーを通すことができる。そのデリバリーを担う配達員は、破格の報酬と引き換えに、依頼に付随するさまざまな業務を手伝うこととなる。シェフと配達員、奇妙な二人三脚の謎解きが始まる……。
この大枠で、本書はミステリ小説のスタンダードに小粋なアレンジを取り入れている。謎を解き明かす人物は探偵や刑事ではなくシェフであり、参謀となるのは探偵助手ではなく、偶然その注文を配達することになったバイトの配達員たち。この設定が、物語を読み進めるうちにじわじわと効いてくる。加えて、本書に登場する“難問”群がいずれも日常的であるところもポイントだ。古風な洋館で起こる連続殺人事件ではなく、明日わが身に起こっておかしくない、けれど放ってはおけない奇妙なトラブルばかり。だからこそ読者は物語に没入し、配達員や依頼主の思考をなぞりながら感情移入し、やがて明かされる事件の背景に納得することができる。
しかし、本書の魅力はそれだけではない。私たちの日常からかけ離れた存在がひとり、登場する。このゴーストレストランの経営者であり、探偵業と飲食業の多角経営などという突飛な事業を展開しているシェフである。“不自然なまでに完璧な造形”と表現されるほど容姿端麗、かつ数々の難問を鮮やかに“料理”してしまう頭脳明晰なこのシェフに、多くの読者は魅了されてしまうはずだ。そして好奇心の矛先は少しずつずれていく。一つひとつの事件の真相よりも、このシェフ自身のことが知りたい、と。
果たして読者の好奇心は満たされるのか。それは、本書を最後まで読んでのお楽しみだ。まるでパズルのように整然と構成された一つひとつの物語から、何を見いだし、何を想うか。それはあくまで読者次第である。だから読書はやめられない。そんな読書体験そのものの面白さにまで気付かせてくれる本書は、作家・結城真一郎氏によって提供された“一皿の料理”だったのではないかと、最後まで読んだとき私は思わず笑みをこぼしてしまった。
文=宿木雪樹