500年のコールドスリーブから目覚めると、地球の文明が荒廃。現代の御曹司は元始文明をどう生き抜くのか
PR 公開日:2024/6/21
世の中、金だ。わかっている。だが、現在の成熟しきった資本主義社会には、身も心もほとほと疲れた…。そんな時、刺さる作品を見つけてしまった。『望郷太郎』(山田芳裕/講談社)だ。
既に有名な作品だそうで、作者は『へうげもの』『仕掛暮らし』の山田芳裕先生、週刊「モーニング」で年2回ブロック連載 中とのこと。
「第26回手塚治虫文化賞 マンガ大賞」のノミネート作品に選ばれたり、今年の「講談社漫画賞」候補作品になったりもしていて専門家からの評価も高いようなのだが、何よりこの作品、現代社会の常識の脆さを突いている点がいい! また、民族学や人類史を踏まえて、日本人の成り立ちに迫る展開も潜むという。
主人公は舞鶴太郎、ゆくゆくは代々の商社をつぐ御曹司であり、仕事もできる38歳。家族仲は良いが、外では「人より金」「金で解決」という嫌な奴だ。妻と中学生の娘、小学生の息子がいる。
物語の冒頭は、順風満帆な人生を送っていた太郎が、2025年から500年の時を経て、コールドスリープから目覚める場面。場所は、勤務先だったイラクの地下にある朽ち果てたシェルターだ。インフラが機能している気配はゼロ。誰も居ない。一緒に眠った妻と息子は、とうの昔に死んだようだ。なぜ自分だけ生き残ったのかと絶望した彼は、首を吊ろうとするのだが、写真内の娘の姿が目に入り思いとどまる。とりあえずは外の様子を見てこようと、地上へ。
そこには、文明が荒廃し、人っ子ひとり見えない世界が! 唖然としながらも、太郎は娘を思う父である。娘の生死は? 死んだとしてもどんな状況だったのか? 故郷日本に帰って確かめなくては!
こうして、太郎の大陸横断の旅が始まる――
さて、ここからは、1巻から個人的におお!と思った点を勝手に紹介させていただく。
太郎が居る世界、つまり作品の舞台は、文明が崩壊して人口が極端に少ない、いわばディストピア。そこで最初に出会った人物パルは、石器時代のような生活を送っている。一日の労働時間は2~3時間。おお、これは天国か!?と、そう都合よくはいかない。狩猟採集生活なので、食料確保のために自然と格闘し、怪我や死は日常だ。そしてまた、太郎がこれまで武器にしていたお金など、何の役にも立たない世界。
この価値の不確かさの提示が強烈だ。現代の価値が普遍的なものではないことを思い知らされる。
また、パルが死んだ仲間の肉を食べようとするシーンも強い力があった。カニバリズムは今の常識ではタブーだが、パルは“死んだ者が自分の血や肉となって一緒に生きるための儀礼”だと言う。調べてみると、こうした考え方は実際にかつて人類全体に存在していたようで、不確かながら20世紀初めまで秘境の部族社会には残存していたという報告さえある。
これには、今の私たちの善悪の判断も絶対ではないと教えられ、思考を深める楽しさを味わうことができた。
“金、金、金”という現代の常識で凝り固まった頭をほぐしてくれる、この作品。現在10巻までが発売中で、6月には11巻も出るという。太郎はどんな旅をし、どんな風に変わっていくのだろうか。
そもそも、太郎の名字「舞鶴」には作者の何らかの意図を感じる。舞鶴といえば、シベリア抑留者の引き揚げ港。彼らが最初に辿り着いた故郷だ。これは考えすぎだろうか。
ともあれ、太郎の望郷の念が叶うことを祈りつつ、続きを追っていこうと思う。
文=奥みんす