あの子は朝を歩く/【吉澤嘉代子 エッセー連載】ルシファーの手紙 #7

文芸・カルチャー

公開日:2024/7/25

したあとの朝日はだるい自転車に撤去予告の赤紙は揺れ
『発芽/わたくしが樹木であれば』(岡崎裕美子/青磁社)

 この歌にふれたとき、私はまだ中学生で朝帰りをしたことがなかった。それなのに、見たこともない情景や知らないはずの感情が、心に潮が満ちるように広がったのを覚えている。

 朝日は子供にとって明るく健やかなものの象徴だった。その正のエネルギーを「だるい」と言ってのけるのは至極不良に思えて格好よい。

 脳裏には朝の光に洗われる「赤紙」が鮮やかに焼きついた。それは大人になる通達のようにも思える。私はあのとき、歌の中で朝帰りを経験したのだと思う。

 知り合いから「この前、駅で朝帰りの女の子をみてさ」という話を聞いて、私はあの歌を思い出していた。その日は夏から秋に移り変わった日で、人々が上着を羽織る中でその子だけが薄着のままだったらしい。

 私の瞼には所在なさげな女の子の姿がまざまざと浮かんだ。そして、まだ見ぬその子に捧げようと「残ってる」という歌を書くことにした。

 ある日「姉がファンです。」という珍しいファンレターが届いた。差出人は妹さん。お姉さんは現在入院して闘病中とのこと。集中治療室で私の歌を聴いてくれているそうだ。

 私は何か出来ないだろうかと妹さんに連絡を取って、お姉さんのことを教えてもらった。お手紙を書くねと伝えて。

 しかし、いざ言葉にしようとすると一言も出てこない。彼女は病室で痛みと戦う日々。好きな場所にも行けない、好きな人にも会えない。私が当たり前に過ごしている日々も遠い夢なのだ。

 私に言えることなんてあるのだろうかと悩んだ末に、一ヶ月以上が経ってしまった。やっと完成した手紙には、妹さんから手紙が届いたこと、いつも歌を通してそばにいること、あなたの好きな歌をうたうからまたライブに来てねということを書いた。それしか書けなかった。

 妹さんからのお返事には「姉は亡くなりました」と綴られていた。目が覚めた。自分はなんて馬鹿なことをしたのかと後悔した。愚かだった。余計だった。命がこんなに儚いものだとどうしてわからなかったのだろう。間に合わなかった。

 しばらくしてツアーで妹さんとお母さんに会えたとき、お母さんは彼女の骨を仕舞ったポシェットを大切に抱いて、三人で見ましたと言ってくれた。「残ってる」について、あの子も歌の中でこんな経験が出来ていたらと涙を流していた。

 私は「残ってる」を歌うとき、まだ見ぬ女の子を思う。中学生の私が朝帰りを追体験したように、この世界のどこかにいるあの子が、ひっそりと朝を歩いている姿を浮かべて。

吉澤嘉代子

<第8回に続く>

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吉澤嘉代子

1990年6月4日生まれ。埼玉県川口市鋳物工場街育ち。2014年にメジャーデビュー。 2017年にバカリズム作ドラマ『架空OL日記』の主題歌「月曜日戦争」を書き下ろす。 2ndシングル「残ってる」がロングヒット。 2023年11月15日に青春をテーマにした二部作の第一弾EP『若草』をリリースし、約3年振りとなる全国ツアーを開催。 2024年3月20日に第二弾EP『六花』をリリース。4月にHall Tour “六花”を開催。 2024年5月14日にLINE CUBE SHIBUYAにて行われた「吉澤嘉代子10周年記念公演 まだまだ魔女修行中。」を皮切りにアニバーサリーイヤーがスタートしている。 10月からは全国を巡るツアー「旅する魔女」を開催中。