“どんでん返しの帝王”中山七里が放つ、予測不能の警察医療ミステリ「ドクター・デス」待望の続編!
公開日:2024/6/19
大病に冒され、激しい苦痛に耐えながら死を待つだけになった時、「早く死なせてほしい」と願うことは罪なのだろうか。安楽死は日本においては違法だ。だが、もしそんな状況に陥った時、安らかな死をもたらしてくれるドクターと出会ってしまったら……。
安楽死は、人にとって救済なのか。それとも、許されざる殺人なのか。考えても考えても答えの出ない難しい問題をテーマとした小説が、『ドクター・デスの再臨』(KADOKAWA)。“どんでん返しの帝王”中山七里が放つ警察医療ミステリだ。本作は、「刑事犬養隼人」シリーズの中の1冊。綾野剛・北川景子主演で映画化された『ドクター・デスの遺産』(KADOKAWA)の続編だから、前作からのファンは、「あのドクター・デス?!」と驚かされるだろうし、前作を読んだからこそ分かる楽しい仕掛けも満載。しかし、前作を読んだことがなくとも、この物語にはすぐに惹き込まれる。むしろ、まだこのシリーズに出会ったことのない人にこそ、この本を読んでほしい。スリル満点。有能な刑事と稀代の犯罪者の戦いは、息つく暇も与えてくれない。
ドクター・デスは、SNSを通じて安楽死を希望する者を見つけては処置を施してきた犯罪者だ。その人物は、捜査一課の刑事・犬養隼人にとって因縁の相手。かつて犬養はドクター・デスが披露する倫理に多いに惑わされ、警察官としての信念を粉々にされた。ドクター・デスを逮捕し、事件を解決した今でも、犬養はその時の苦い記憶を引きずっている。だが、こともあろうか、ドクター・デスの事件に酷似した新たな安楽死事件が発生してしまった。通報してきた少女によれば、彼女が帰宅すると、難病・ALSで寝たきり状態だった母親はすでに死亡しており、自宅には誰かが侵入した形跡があったという。拘置所にいるドクター・デスに共犯がいたのか、それともドクター・デスに同調した模倣犯が現れたのか。犬養は前回の悪夢を反芻するような思いで、犯人を追い始める。
この事件の犯人はドクター・デスに負けず劣らずかなりの強敵。そう感じさせられるのは、この安楽死事件が、犬養だけではなく、私たちの倫理観を揺さぶってくるせいだろう。安楽死とは、言い換えれば、かたちを変えた自殺幇助。殺害された人間は例外なく自ら死を望んでいる。被害者は安楽死によって苦痛から解放され、被害者が苦しむ姿を目の当たりにしてきた家族たちはその死に内心ほっとしている。安楽死によって救われる人々の姿を目にすると、何が正義で何が悪なのか、見失いそうになる。人の「死ぬ権利」をどう考えればいいのか。胸の奥が痛み、ざわめき、落ち着かないような気分。安楽死という医療倫理の問題を、初めて切々と自分事のように感じた。
さらに、この犯人は事件現場にほとんど証拠を残さない。それは、被害者が自らに安らかな死を与えてくれた犯人を庇おうとすることにも原因がある。おそらく犯人は医療従事者に違いないが、やりとりに使われたスマホやパソコンは処分され、手がかりはない。捜査が行き詰まりを見せる中、犬養は信じられない方法で犯人を追い詰めようとする。
犬養と犯人の痺れるような心理戦。頭の切れる者同士のバトルは、べらぼうに面白い。予測不可能な展開に怒涛の勢いで飲み込まれ、一体、どこに行き着くのかも分からない。やっと見えてきた道筋を辿れば、待ち受けているのは、最悪の事態。犬養はこの事態をどう切り抜け、犯人を捕まえようというのか。“どんでん返しの帝王”が描く驚愕のラストは必読。あまりにも刺激的な社会派ミステリを、是非ともあなたも体感してみてほしい。
文=アサトーミナミ