ピカソの贋作、売れれば48億円。借金に苦しむ男が持ちかけられたのはあまりに危険な賭けだった

文芸・カルチャー

公開日:2024/6/22

贋品"
贋品』(浅沢英/徳間書店)

「10億円ほど、稼いでみぃひんか」

 もし、金に困っている時、そう声を掛けられたならあなたならどうするだろうか。金を稼ぐ方法は、ピカソそっくりの贋作を作り、中国人メガコレクターに売りさばくというもの。売れれば40億円以上、仲間4人で割って1人あたりの取り分10億円。だが、「嘘は嫌いなの」とのたまうその買い手に、もし、ニセモノだとバレれば破滅。拷問の末、背中をありえない形に折り曲げられて殺害されるような、あまりにも惨い死が待ち受けている。普通ならばそんな危険な話に乗るはずはない。だが、借金に苦しむとある男は乗ってしまった。亡き父が画商だったというだけで、当の本人には絵の知識などないに等しいというのに。

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贋品』(浅沢英/徳間書店) は、そんなピカソの贋作作りに命をかける人間たちの戦慄のアートサスペンスだ。作者は、第5回大藪春彦新人賞を受賞した浅沢英。長篇デビュー作となる本作は、恐ろしいほどの没入感で私たちを瞬く間に飲み込む。ハラハラドキドキだとか、手に汗握るだとか、そんなレベルではない。自分も贋作作りに加わってしまったような緊迫感。逃げ場を奪われていく絶望。背を焼かれていくような焦燥。呼吸なんてしている暇などなく、急き立てられるかのようにページをめくらされ続けた。

 1971年、ピカソが最後に描いたとされるアルルカン、旅芸人の道化師の油絵。10年前に盗難に遭ったこの絵はブラックマーケットを通じてある宗教団体が所蔵しているらしい。借金まみれの男・佐村に贋作作りを持ちかけてきた元画家の山井は、真作認定済みのこのピカソの絵を一時的に持ち出す算段を組んでいた。贋作を作ると言っても、人間が絵を描くわけではない。絵画修復技術を持つ27歳の女性・楊文紅主導の下で、一度的に持ち出した本物の絵を、油絵の表面から内部、下描きから顔料までを徹底的にデータ化。半年かけて、絵具が使える精巧な3Dプリンターで贋作を作るのだという。機械で作れるなら、贋作作りは簡単?……いや。そんなわけはない。買い手が行う鑑定に耐えうる完璧な贋作を作るのはかなり難しい。

 たとえば、蛍光エックス線分析では2000箇所あまりのポイントの元素構成を分析する。データを取るのだけでも気が遠くなるが、完成した贋作は同じ絵の同じ場所を調査した時、全て同じ元素構成のグラフになるようにしなければならない。まるで指紋を作るような作業だ。そんな画材は見つかるのか。第一、お金だってかかる。光学機器や3Dプリンターなどの機器を用意したり、作業場所を確保したりする経費は、1人あたり2000万円。借金まみれの佐村は、山井に言われるがまま、やめればいいのに怪しい金貸しから金を借りて、この計画に参加する。

「キャンバスはわしが手作業で組む。まかせとけ。こう見えてもわし、東京の芸大の油画専攻を五番で卒業しとるんや。キャンバスつくるくらい朝飯前や」

 山井のマシンガントークに耳を貸すうち、こんなにも関西弁が胡散臭く響くことがあるのだろうかと呆れる。この計画がとても上手くいくとは思えない。そう思いながら読み進めていけば、当初の計画はやっぱりあっけなく破綻。佐村たちは場所を転々としながら、贋作作りに励む。そう、佐村の敵は、残忍な売り手だけではない。山井をはじめ、ともに贋作を作る仲間さえ信用ならないのだ。まさに四面楚歌。そもそもどうして山井が佐村を誘ったのかも分からない。山井は佐村の父親に世話になったその恩返しだというが、何の知識も持たない佐村はこの計画に必要不可欠な人間ではない。もしや捨て駒なのか。山井は何を隠しているのだろう。

 フェイクニュースやフェイク動画など、厄介なニセモノが跋扈する昨今、まさかニセモノを作る人間たちに心を寄せる日が来るとは思わなかった。目まぐるしく衝撃の展開が重なり、鼓動がうるさいほど騒ぐ。あまりの緊張感に、全身の肌がヒリヒリする。逃げ場などない。やり遂げなければならない。追い詰められていく人間たちを、道化師の絵は嘲笑っているかのようだ。あなたも佐村たちの贋作作りの行く末を見届けてほしい。このアートサスペンスは極上。この上ないスリルと緊張感を、あなたに与えてくれることは間違いない。

文=アサトーミナミ

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