ヤンマガ史上最速でヒット『ねずみの初恋』作者は「読者をどん底に突き落としたい」。殺し屋少女のピュアで残酷な恋物語はどんな結末を迎えるのか?【大瀬戸陸インタビュー】

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更新日:2024/6/24

小学校2年生、犬に噛まれて性格が変わった

――子どもの頃の話も聞かせてください。スプラッタ系の作品を好きになったきっかけが気になります。

大瀬戸:幼い頃は明るくて活発な少年だったんですが、入院を機に変わりました。小学2年生のときに遡りますが、友達と公園みたいなところで遊んでいると、大きな犬を飼っているおじいさんの家の敷地にボールが入ってしまって。

「僕が犬のおとりになるから、その間にボールを取ってきて」と友達に提案して、意気込んで駆け出した瞬間にそのまま僕はこけてしまったんです(笑)。犬に噛まれて血が出て、飼い主のおじいさんがすぐに僕を助けてくれたんですが、入院することになり……。暇だったので、ホラー作家の平山夢明さん、花村萬月さんの小説や、江戸川乱歩など、他にも暗い純文学をたくさん読んでいました。

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――小2にしてはかなり難しいラインナップですね……!

大瀬戸:もちろん理解できていない部分が多いんですけど、なんとなく、このまま普通に退院したら格好悪いだろうなと思って(笑)。いわゆる中二病ですよね。周りの人が読まないものを吸収して、レベルアップして退院しようとしていたんです。そうしたら、かなり世界観が強まったというか。友達からしたら「犬に噛まれて入院したら変になった」ように映っていたかもしれません。

――絵を描くようになったのもその頃からですか?

大瀬戸:そうですね。その頃、上級生たちとも遊んで、悪ふざけをする日々を送っていました。ある日、急に自分のしてきたことに対する罪悪感に耐えられなくなって家族に泣きながら打ち明けたんです。そこから3カ月くらいは、学校が終わったらすぐ家に帰り、軽い自宅謹慎みたいになっていました。

 やることがないから、家にある紙とペンを使って怖い絵を描いては、自分で見て楽しんで。少ししたら「これを物語にしたらどうなるんだろう」と、漫画という概念がないまま描いていったのが始まりだったと思います。でもいざ漫画家になってたくさん描いてみたら、そういう作品を純粋に見ていた小中学生のときほどは楽しくないかもしれません。体のどこかを切られたり、傷が広がったりするようなところって複雑だから、描くのが面倒なんですよね(笑)。

――描き手になるとそういう視点になるんですね。中学生の頃までは他に、どんなものを見ていたのでしょうか?

大瀬戸:親もスプラッタ系の作品が好きだったので、父とはビデオショップで借りたホラー、ハードボイルド系の映像作品を見ていました。『食人族』『ムカデ人間』とか、本当に色々です。その姿を白い目で見ていた母親は、小説のグロい系を勧めてくるという(笑)。当時の環境は今の自分に影響していると思います。

――先生の作品はお父様、お母様も見られているのかもしれませんね。

大瀬戸:母は「恥ずかしくて見られない」と言っていました。父は『影霧街』のときですが、母から聞いた話によると見ていたようですね。第1巻で、主人公がタバコを耳に入れられるシーンがあるんですが、そこを見て「あいつはやっぱり俺の息子だな。これは分かっている」と評価していたらしいです。

影霧街-1巻-P.50

精神を狂わせるような展開で「読者をどん底に突き落としたい」

――本作の話ももっと聞きたいのですが、まずは作画の変化について。『影霧街』の頃と比べるとさらに進化しているように思えます。

大瀬戸:これも『影霧街』のときに遡りますが、どこかのタイミングでベッドを変えたからか睡眠の質が上がって、特に体調が良いときがありました(笑)。そこで集中して丁寧に原稿を描いたら、編集者さんからも「上手い」と反応してもらえたんです。

 それまではほぼ一発で描いていたので「ちゃんとがんばればアウトプットに変化が出るんだ」と分かって。話だけじゃなく絵にももっと力を入れようと、締切のギリギリまで描き直したり、見せ方を工夫したりと粘るようになりました。『ねずみの初恋』に差し掛かる頃には『ベルセルク』(白泉社)の模写もしていたと思います。

――ねずみちゃんのかわいらしさも印象的です。

大瀬戸:女の子がかわいかったら見てくれる人が一定数いるだろう、と。だとしたらそこは絶対に逃したくないと思っていました。あお君もかわいくてかっこいい。美男美女ですよね。

――2人のやりとりでいうと、ねずみちゃんが「エッチ」の意味をキスだと思っていたピュアなシーンに惹きつけられました。この設定はどのように思いついたのでしょうか。

ねずみの初恋-1巻-P.181

ねずみの初恋-1巻-P.182

大瀬戸:周囲で見聞きしたことがヒントになっています。僕の友達に、何年間も付き合っているカップルがいるんですが、週に何回かドライブに行ったり散歩をしたりはしているものの、手を繋ぐ以上のスキンシップはない。聞いたとき、僕はその関係がすごく良いなと思ったんです。

 2人はその関係でも十分楽しくて幸せだし、自分たちなりの未来もちゃんと考えている。そういうピュアな日々もひとつの愛のかたちだなと心を打たれて。だから、汚い世界の中でもねずみちゃんとあお君はピュアで、キラキラしていてほしいという願いも込めて、このシーンを作りました。

――そんなピュアな2人だからこそ、幸せになってほしいと願う読者が多いと思います。今後の展開として言えることがあればぜひ教えてください。

大瀬戸:この記事が出ている頃、連載は第1章が終わって、2章が始まっています。ストーリー的には3章までと考えているのですが、終わり方も完全には決まっていません。2人がどうなってしまうのかはまだ迷っているので、これから描かれる2人の人間性……いや、ねずみちゃんかあお君どちらかの人間性によって決まっていくと思います。

 ひとつ言えるのは、「このストーリーが来たら、こうなるよね」といった想定できる、ありがちな流れにはしないということ。エンタメ的なドキドキよりも、みなさんの精神を狂わせてしまうくらいのドキドキを終盤まで描きたい。ちゃんと毎回メンタルをすり減らしながら読んでほしいです(笑)。

 そういう意図もあって、ねずみちゃんとあお君のかわいらしさや恋愛のシーンでみなさんの感情を上げるだけ上げて、いつかどん底に突き落としたい。日本中をどん底に突き落とす気持ちでいるので、そのためにも今は多くの人に見てもらえるようにと思っています。

取材・文=ネゴト / 松本紋芽 取材=金沢俊吾

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