人の弱さも狡さも否定しない、心の痛みに寄り添う探偵・魞沢の魅力とは? 『蝉かえる』に続くシリーズ最新作!
PR 公開日:2024/6/29
小説に登場する探偵というのは、たいていアクが強い。無個性という設定だったとしても、主人公という最強の肩書を手に入れていることが多い。だが、小説『六色の蛹』(櫻田智也/東京創元社)に登場する魞沢泉(えりさわ・せん)は、そのどちらにもあてはまらず、常にひっそりしている。昆虫が大好きで、全国各地を旅してまわっているらしいということ以外、あまり個人情報が語られることはなく、物語の主軸となるのは常に、事件の当事者である人たちだ。魞沢はいつも、あくまで事件の脇役として、たまたま居合わせた事件の謎を解き、去っていく。非常に珍しいタイプの探偵だが、どこにいても場に溶け込んでしまう彼だからこそ、人々は無意識に素の自分をさらし、事件解決の糸口を与えてしまうのだろう。それがたとえ、罪を隠し常に警戒しているはずの人間であったとしても。
タイトルが示すとおり、本書には6つの短編が収録されている。1話目「白が揺れた」で魞沢は、へぼ獲り(クロスズメバチの巣を探す)名人に習うため山に入ったところで、一人のハンターがライフル銃で撃ち抜かれて死ぬという事件に遭遇。まるで25年前の事件の再現だ、と揺れるハンターたちのなかで、ただ一人部外者の魞沢は、先入観にとらわれず冷静に真相を見抜いていく。やがて対峙した犯人が「矜持なんてどぶに捨てた」と言ったとき、魞沢が返した「拾って洗えばいいじゃないですか」という言葉にこそ、彼の本質はあるのではないかと思う。
魞沢は、人の弱さも狡さも否定しない。犯した罪の重さを量りもしないし、感情に訴えて反省をうながしたりもしない。ただ、見過ごせないだけだ。謎が謎のまま置いておかれること、だけではなく、それによって誰かがもどかしい思いや苦しみを抱え続けることに、彼はたぶん見ないふりをすることができない。だから彼は、謎を解く。そして役割を終えたら、去っていく。そんな彼のひっそりとした佇まいに、人々は救われていくのではないだろうか。
個人的に好きだったのは3話目の「黒いレプリカ」。コクゾウムシの圧痕が見られる土器を眺めに北海道へやってきた魞沢は、そのまま埋蔵文化財センターで働くことに。そんなある日、工事現場から土器とともに白骨遺体が発見され、かつて土器を盗み出して失踪した元課長とのかかわりが疑われる。語り手は、魞沢の上司であり、元課長のことを忘れられずにいる甘内という女性である。魞沢と元課長の面影を重ねながら事件の真相を追う彼女の葛藤に読み応えがあるのはもちろんのこと、どんなに似ていてもいちばん大切な人の代わりは誰にもきかないのだと感じられるラストが切なかった。
魞沢が「関わる人をみんな不幸にしているのではないか」「寿命を縮めているのではないか」と吐露する場面もあり、直接的に語られることのない彼の心情にも、つい想いを馳せてしまう。魞沢の人となりが気になった人は、ぜひ前2作『サーチライトと誘蛾灯』『蝉かえる』も手にとってほしい。既刊を読まずとも楽しめる構成になってはいるが、全作読めばよりいっそう、その魅力が膨らんでいくはずだ。
文=立花もも