熱のある暮らし/絶望ライン工 独身獄中記㉑
公開日:2024/6/26
今現在私の身体は熱を帯び、その身を焦がしている。
これは恋か。それともヤツか。たぶん後者だな。
発熱量を定量的に計測するには接触式温度計を使えばよい。
測定結果は摂氏38.2度。停戦ラインである38度線を僅かに超え、北を領域侵犯している。
ぼうっとする感じとダルさ、ふくらはぎや関節に広がる独特の痛み。
鋭敏になった皮膚は触れるもの全てに対しチリチリとした触覚をもたらす。感度3000倍である。
この感じ、嫌いではない。
たまに味わうべきだと歓迎すらしている。
発熱時の身体の不調や変化も興味深いが、何より楽しいのは別の人格になることです。
今の私は昨日までの自分ではない。
欲望のままスケベ・イラストをインターネットで探し求めたり、スケベ・スケッチをクロッキー帳に描き殴ることもない。
クロッキー帳には花や動物がスケッチされている。
憎むべき欲望はどこかに消え去り、生まれ変わったように大変清々しい心持ちだ。
ブックマークに登録されている淫靡で禍々しいサキュバスどもを一斉に削除し、心の安寧を手に入れることができる。
餓鬼のように醜い食欲も消え、食べ物を求め彷徨う低俗な欲求から解放される。
今はカレーも、ラーメンも、カツ丼も、天下一品も、げんこつハンバーグも、照り焼きマックバーガーも、ねぎしセットも何も食べたくはない。
冷たい水と少しの果物。そして木綿豆腐があれば他に何もいらない。
そんな華憐で無垢な存在になることができるのも、発熱のお陰である。
布団に転がれば無限に眠ることができる。
なかなか寝付けない、なんてことはない。
グワーという航空機のような耳鳴りとともに、一瞬で夢の世界へ落ちる。
待っているのは冥府VR、悪夢である。
熱にうなされる没入感。これもまた貴重な体験だ。
自分の場合はスーパーマリオの溶岩の世界で、上から巨大な顔がいくつも降ってくる地獄のような体験型アクティビティを楽しむ。
顔は家族だったり、学校の先生だったり、ジャイアンだったりする。
子供の頃からこの内容は変わらないから、きっと悪夢の構成作家が懐古厨なのだろう。
心は弱り、小さなことが大変に気になっちまう。
玄関の鍵締めたっけ。お風呂の水抜いたかな?明日雨なら洗濯どうしよ──
格ゲーをやれば昇龍拳が出ない。対空出なくてクヨクヨする。
心も身体も華憐な少女となった自分は布団にくるまり、祈りながら尊い朝の光を待つのだ。
翌朝、熱がすっかり下がって少女は戻る。
41歳のオッサンに。
嗚呼ラーメンが食いたい。カツ丼も。
それよりおい──ブクマのサキュバスどこ行った!
41歳独身男性。工場勤務をしながら日々の有様を配信する。柴犬と暮らす。