「恋をすると異常な精神状態になる」“完璧な女性”が抱える秘密と男女の関係。柴門ふみWEB初連載作品〈漫画家インタビュー〉
公開日:2024/6/30
6月から、恋愛漫画の巨匠・柴門ふみさんが新連載をスタート。『いつも犬が居た』を共通タイトルに、3媒体で異なる作品を同時連載する。そのうちのひとつが、「ダ・ヴィンチWeb」で始まる『いつも犬が居た~夫のヒミツ~』。仕事ができ、誰からも愛される50歳の美しい女性を主人公に、彼女の波乱万丈な日々を描き出していく。
今回、連載開始のタイミングで柴門ふみさんにインタビューを実施。作品の見どころはもちろん、男女の恋愛観の違いについてディープに語ってもらった。
夫に作られたセレブ女性が、本来の動物的な自分に気づいていく
──このたび『いつも犬が居た』という共通タイトルで、3媒体同時連載がスタートします。「ダ・ヴィンチWeb」で連載されるのは『いつも犬が居た 夫のヒミツ』という、一風変わったカップルが登場する漫画です。この作品が生まれたきっかけを教えてください。
柴門ふみ(以下、柴門):大型犬を描こうと思ったのが出発点です。紙&WEBマガジン「毎日が発見」では、我が家で飼っているコーギーのコミックエッセイを描きますし、「毎日が発見ネット」の連載ではポメラニアンが登場するんですね。中型犬と小型犬を描くので、「ダ・ヴィンチWeb」は大型犬にしようと思ったんです。そこで、ゴールデンレトリバーを描くことにしました。
主人公である由希の人物像も、そこから考えていきました。大型犬を飼えるのはセレブだと思います。そこで、今の日本で考えられる範囲でのセレブ女性を登場させることに。由希は、タワーマンション暮らしで、仕事もできて美人。いわば、すべてを手にした女性です。ただ、こうした女性がひとりで大型犬を飼うことはできないので、内縁の夫を登場させることにしたんです。
──女性ひとりでは、ゴールデンレトリバーを飼うのは難しいんでしょうか。
柴門:私の知り合いに、ゴールデンレトリバーを2頭飼っている女性もいますけどね。でも、人生を犬に捧げないと無理(笑)。運動量も多いので、男性の力がないと大型犬を飼うのは難しいでしょうね。
──そんな由希は、夫にプロデュースされて完璧な美女を演じています。50歳で老舗出版社初の女性役員になった彼女に、今後どのような出来事が降りかかるのでしょうか。
柴門:この後、由希とは対照的なあんなという女性も登場します。片やすべてを手に入れたセレブ、片や成功を夢見る若くて貧しい女の子。そこに由希の夫・マコトも関わってきます。まぁ、どういう関係かは察してくださいね(笑)。
こうして、とてつもない困難に見舞われた由希が、自分を発見していく物語です。今までは夫に言われるがままにプロデュースされてきた由希ですが、自分の生き方を見出していく。大型犬という動物と対峙する中で、作られた自分から本来の自分にどんどん気づいていくんですね。都会の作られた女が、自分の動物的な部分に気づく話にしようと思っています。
小型犬、中型犬、大型犬それぞれにかわいさがある
──大型犬の中でも、ゴールデンレトリバーを選んだのはなぜでしょう。
柴門:今はコーギーを飼っていますが、本当はゴールデンレトリバーを飼いたかったんです。賢いし性格は穏やかだし、本当にかわいい。ゴールデンレトリバーを飼っている知り合いがいるんですが、すごく頭がよくて。犬を連れて近くまで遊びに来てくれた時に、「柴門さんの家はどこ?」と犬に聞いたら私の仕事場まで一目散に走ってきたそう。そこまで賢いのかとびっくりしました。
ただ、やっぱり漫画を描きながらではゴールデンレトリバーは飼い切れないと諦めました。
──「毎日が発見ネット」の連載『女三代恋物語』にはポメラニアンも登場します。
柴門:ポメラニアンも好きなんです。ただ、私にとってはペットとしてのかわいさなんですよね。私は新しい家族が欲しかったので、ポメラニアンでは少し物足りないかなと思い、コーギーを飼うことにました。
──小型犬と中型犬、大型犬それぞれに異なる魅力がある、とお考えでしょうか。
柴門:そうですね。コーギーは愛想がよくてバカでかわいいですが(笑)、ゴールデンレトリバーはほぼ人間。しかも、漫画を描くにあたって取材させていただいたイングリッシュレトリバーは、チャンピオン犬なのでもう完璧なわけです。とにかくお利口で、姿勢もビシッとしていて、飼い主さんが「甘えていいよ」と言うとゴロンと横になる。私にもすぐになついてくれましたし、とってもかわいいんですよね。
──そういうレトリバーの賢さ、かわいさも漫画に描かれるわけですね。
柴門:やっぱり小型犬、中型犬、大型犬それぞれに、その犬なりのかわいさ、物足りなさ、ダメさ、手間がかかるところがあると思うんです。もしレトリバーを飼ったら、賢すぎて「もうちょっとダメな部分を見せて」って言いたくなるかもしれません(笑)。わがままですよね。3つのマンガそれぞれで、違う犬のかわいさを描けたらと思います。
女はナンバーワンになりたい。男は相手を惚れさせたい
──先ほど、由希と内縁の夫・マコト、そしてあんなの三角関係を匂わせるような発言がありました。男性と女性の恋愛観の違いについてもお話を伺えますか? 男性はある程度年齢を重ねても、年下の女性を好む傾向にある気がしますが、いかがでしょう。
柴門:確かに、若い女性が好きな男性は多いですよね。逆に女性は、「男は若ければ若いほどいい」なんて思いませんよね。
──いくつになっても若い女性と付き合える。そういう自信があるのでしょうか。
柴門:自分が見えていないのかもしれないですね(笑)。恋愛する時は、目の前に鏡があるわけじゃありません。顔に深いしわが刻まれていても、自覚しないじゃないですか。20代の女の子を前にすると、自分も20代のような気持ちになるんでしょうね。
──年配の女性が若いアイドルに熱狂するのは微笑ましいですが、男性の場合、どこか生々しさがありますよね。
柴門:女性は「キャー!」とはしゃいでも、はるか年下の子と恋愛に発展するなんて思わないじゃないですか。そこから先はないのがわかっている。だからキャーキャー言えるのかもしれません。
男性は、どこかにまだ下心があるんでしょうね。ひょっとしたら何かあるかもしれないから、カッコつけて「キャー!」とは言えない(笑)。ワンチャン狙っているので、イケオジ風を気取ったり、ガツガツしていないように見せたり、気前よくお金を払ってみせたりするのかもしれないですね。
──アイドルの推し活にお金を使っている女性に話を聞いたら、「ライブに行くのはアイドルに会いたい気持ちもあるけれど、会場が埋まっていないとその子がかわいそうだからという応援の気持ちがある」と話していました。男性の場合、会いたい、つながりたいという気持ちが強そうです。
柴門:ホストにお金を費やす女性も、「この子をナンバーワンにしてあげたい」という気持ちからですよね。「結婚したい」「恋人になりたい」という気持ちより、「育てたい」という思いが強い。あとは、「私が一番の上客」と思うことでプライドが保たれるんでしょうね。
宝塚歌劇団の追っかけにも、彼女たちの間で序列があるじゃないですか。それと同じで、相手にとって一番のお気に入りになるというところにステータスを感じるのでしょう。
──男性にはあまりない感情なのでしょうか。
柴門:男性は違いますよね。「このホステスの一番のパトロンになりたい」なんて思わないでしょう? とりあえず自分の愛人にはしたいけれど、他の男からお金をもらっている匂いがしたら、むしろ嫌になりそう。お金目当てでチヤホヤされるより、やっぱり自分に惚れさせたいわけですよ。
女性は相手が自分に惚れてくれなくても、自分がナンバーワンのポジションを取りたい。男性は相手を惚れさせたい。こういう違いを漫画にしても面白いかもしれないですね(笑)。
──面白そうです(笑)。
柴門:不倫している男女を見てもそうですよね。本妻と愛人が「どっちが一番なのよ」と男性を取り合うケースが多いじゃないですか。男性が人妻と不倫をしても、「旦那と俺、どっちを取るの?」なんて言いません。むしろ「離婚なんてしないで、旦那とも俺ともうまくやろうよ」って。そのあたりも男女差がありますよね。
──不倫は「倫理にあらず」という道に外れた行為です。先生は、不倫も恋愛だと思いますか?
柴門:恋に落ちてしまったら、仕方がないですよね。恋って突然訪れるものですし、相手が黙っていたら結婚しているかどうかはわかりません。好きになってしまったら、もうおしまいだと思います。
ただ、たいていの人は、相手が結婚していると知ったら「もう会うのはやめよう」となるものです。そこから一線を越える人と越えない人がいる。それだけの違いかなと思いますね。
でも、不倫関係になると、男性のほうがズルい気がします。離婚してまで、不倫相手と一緒になるのはレアケース。不倫相手には離婚する離婚すると言いつつ、実際はそこまでしないのが大半ではないでしょうか。
──できれば、妻とも愛人ともうまくやっていきたいんですね。
柴門:そう。要するに、男性は嫌われたくないんですよ。妻にも嫌われたくないし、不倫相手にも嫌われたくない。自分を好いてくれる女性が多ければ多いほど、男性はうれしい。男性自身も、妻も不倫相手も同じくらい好きなんだと思います。
ただし、それは「俺のことを好きなら」という条件付き。もしも妻がつんけんした態度を取れば、好きではなくなると思います。でも、妻が自分のことを大好きなら、絶対に離婚はしないでしょう。「そんなかわいそうなことはできない」なんて言ってね。不倫している時点で、もうかわいそうなことをしているじゃないと思いますけど(笑)。
恋をすると異常な精神状態になる
──今、若い人は恋愛に興味がなく、恋愛ドラマは視聴率が取れないとも言われています。作家活動を続ける中で、恋愛に対する意識の変化を感じることはありますか?
柴門:そうですね。私はドラマや映画はそれほど熱心に観ていませんが、いろいろな方の話を聞くと、確かにみんな恋愛の話をそこまでしませんよね。
──それはなぜでしょう。気持ちに余裕がないのでしょうか。
柴門:男女問わず、忙しそうですよね(笑)。あとは、コロナ禍がよくなかった気がします。
──その一方で、マッチングアプリで出会いを求める人は増えているように感じます。
柴門:マッチングアプリを使う人は、結婚相手を探しているんじゃないでしょうか。「恋愛は無駄」「タイパが悪い」と感じつつも、結婚はしたいのでマッチングアプリで相手を探しているのかも。私の周りにも、そういう人は多いですね。
──それは“恋愛”ではないですよね?
柴門:従来の恋愛ではないと思います。ただ、バブル期以前のほうが間違っていたんじゃないですか? 恋愛のことばかり考えている男女しかいない世界は、やっぱりおかしいですよ(笑)。今みたいに娯楽もなかったので、私の世代はお金がかからない暇つぶしが恋愛くらいしかなかったんですよ。
──柴門先生は恋をしたほうがいいというお考えですか?
柴門:楽しいこともあれば、つらいこともたくさんあるので、人生経験として一度は味わったほうがいいと思います。
──恋をすることで、どういう変化が生まれるのでしょう。
柴門:恋をすると、非日常的で異常な精神状態になるわけです。自分はこんなに嫉妬深くはなかったはずなのに、ちょっとしたことで不安になったり、やきもきしたりする。自分のことを再発見できるんですよね。そのうえ「好きだ好きだと言っていたのに、男ってこんなに突然気が変わるんだ」なんてことも学べます。いい学習の機会ですよね(笑)。
──確かに、今作の主人公・由希も夫・マコトのおかしな提案を受け入れ、本来とは異なる自分を長年演じ続けています。これもある種“異常”な精神状態だったと言えるかもしれませんね。
柴門:本当にそうですよね。おそらく恋をすることで快感物質が出るんじゃないでしょうか。個人的な見解ですが、ある種の薬物に近い物質が出ているような気がして。恋をすると、風景がはっきり見えるし、スッキリした気分になるんですよね。しかも、相手が近くにいないとイライラして禁断症状が出ます。だからこそ、病みつきになる人もいれば、毒にやられて「もうこりごり」となる人もいるんでしょうね。
──今後、由希たちの関係がどう展開していくのか楽しみです。では、最後に3作品の新連載について、ひと言いただけますでしょうか。
柴門:犬好きの読者から、厳しいご指摘がくるのが怖いです(笑)。連載中もしくは単行本化する時には、3作品の登場人物がどこかでクロスオーバーする仕掛けも考えていけたらと思います。ぜひご期待ください。
取材・文=野本由起 撮影=後藤利江