お金にまつわる国家の“嘘”と共に真犯人を暴け!誉田哲也の最新ミステリー『首木の民』
PR 公開日:2024/6/27
子どもの頃から、お金の話をすることを禁忌のように感じていた。国が定めた税率は絶対で、どんなに不公平を感じても抗うことは許されず、清貧こそが正義だとすり込まれて育った。そういった感覚を持つ人は令和の現代でも多く、そんな人にこそ、誉田哲也氏によるミステリー小説『首木の民』(双葉社)を読んでもらいたい。
大学の客員教授である久和秀昭が、窃盗と公務執行妨害の容疑で逮捕されるところから物語がはじまる。職務質問を受けた久和の車中からは、血痕がついた財布が見つかった。財布の持ち主は、フリーライターの菊池創。菊池はかつて久和に取材をした経緯があり、二人は顔見知りだった。久和は、財務省の官僚さえもたじろぐほどの経済政策通で、内閣官房参与に迎えられる予定であった。
久和のキャラクターが、実にユニークで痛快なところが本書の魅力の一つといえよう。久和の取り調べに当たるのは、警視庁志村署の刑事組織犯罪対策課である佐久間と横澤。しかし、久和は「ありとあらゆる公務員を信用していない」と述べ、今回逮捕された件に関する一切の供述を拒んだ。そのため、佐久間は久和が公務員を信用しない理由について、長い話を聞く羽目になる。その話は、ほとんど“講義”といって差し支えのないものだった。「お金とはなにか」「GDPとはなにか」など、経済政策にまつわるさまざまな話を比喩を用いながら説明する久和に、佐久間たちは翻弄される。一見小難しく感じる経済の話なのだが、噛み砕いて説明する久和の話術のおかげで、読者にもするりと入ってくる。
“まずは調べて、正しい情報とそうではない情報を選り分ける術を身に付け、選り抜いた正しい情報に基づいて考え、正しい答えを導き出す努力をすべきです。そういう、癖を身に付けるべきです。”
「税収だけでは歳出を賄えていない点を問題視し、是正することで国家破綻を回避しようと訴えるロジック」を大嘘だと言い切る久和は、財務省の安易な増税対策を断固批判する。その上で、「政府の言うことを鵜呑みにしてはいけない」と淡々と訴える久和のペースに、佐久間はいつの間にか引きずり込まれていく。本来取り調べが行われるはずの場所で、警察官相手に講義を繰り広げる久和の話は、ゆっくりではあるものの核心に近づいていく。「なぜ久和が公務員を信用しないのか」、その理由が明らかになるにつれ、事件そのものも思わぬ展開を見せる。
多くの人間は、保身のために動く。誰だって、自分の身が一番かわいい。もしくは、身内の安寧が一番大切だ。そのために他者を貶める人は一定数いるが、法的に陥れることができる人は、それなりの地位にある人物に限られる。そのほとんどが「公務員」であることが、今回の事件の鍵を握る。
法や国のお金を司る人たちが、いつでも正しい判断をしているとは限らない。私たち国民は、政治家を含む彼らの行動・発言を注視し、自ら情報を取りに行き、しっかり考え抜いて精査する必要がある。お金の話にアレルギーを起こしている場合ではない。久和の話を「なんだか難しそう」と読み飛ばしてしまうのか、「咀嚼して理解しよう」と努めるのか。そこが分かれ道のような気がしてならない。ミステリー要素としての魅力はもちろんのこと、今後の生きかた、政治との向き合いかたまで考えさせられる造詣が深い一冊が、より多くの人の手に届くことを切に願う。
文=碧月はる