SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第36回「レイトショー」

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公開日:2024/6/27

 小さい頃からずっと映画が好きだったので、今でも移動する時や、寝る前に映画を観て過ごしていることが多い。ただ、旅の醍醐味が車や飛行機でなく徒歩にこそあるように、映画の醍醐味は映画館にこそあると思っている。なので、私の密やかな楽しみの一つに、映画館にレイトショーを観に行くというものがある。

 もちろん家で観る映画も良い。自分で環境を整え、誰の目を気にするでもなく観る映画にはそれなりの良さがしっかりある。ただ、記憶に残っている映画は、映画館で観たものが多いような気がする。

 だから私は、映画館に足を運ぶのだ。しかも遅い時間に。どうしてレイトショーが良いのかというと、すごく特別なことをしている気になるからである。周りの建物の電気が消え、人が疎(まば)らになってきた街の片隅で、さも私だけの為に扉を開けてくれているような心持ちになる。ひっそりと、とっておきの時間を用意してもらっているようでドキドキする。

 そして人がすごく少ないというのも魅力の一つである。稀に、ごく稀に、私一人だけの貸切状態なんてこともあったりする。そんな時は何にも代え難い贅沢な時間を過ごすことができる。

 でも、そんな贅沢は期待してはいけない。期待してはいけないのだ。

 

 あれは丁度十年前の話。私は終電間際の地下鉄を降りた。最寄りの出口に向かう足取りは軽く、ワクワクしながら颯爽と歩いた。フォー・シーズンズの経歴を元に作られたイーストウッドの映画が先週公開されたのだ。とっておきの環境で、大好きなイーストウッドの映画を観られるのかと思っただけで、少し早足になっていた。

 早く着きすぎても時間を持て余すと思い、少し先の出口から地上に出た私は、開演十分前という完璧な時間に映画館に到着した。自動券売機の前に立つ。「ジャージー・ボーイズ」のタイトルに指を押し当てる。

「ん?」

 私は目を疑った。シネコン全盛の時代となった今、映画館はいつしか完全に座席指定になった。だからチケットを買う際に座席を指定する必要がある。なので目の前に現れた座席を意味する数多の四角が全部白色であることに私は大いに驚いたのだ。

「あれ、客、俺だけ?」

 え、もう、本当に。完璧すぎるんですけど。割と大きめの劇場の、夜中の特別な時間帯に、観たいと思っていた映画が、私だけのために上映される。

 観客が私だけというのは以前一度経験したことがあったが、これ程の規模での貸切状態は初めてだ。周囲を見渡すも人の姿はなく、おそらくここから人が来ることはないように思われた。嬉しさに無駄に足踏みをしながら、ど真ん中の席を選んだ。コーヒーを購入して準備は万端、鼻息を荒くしながら指定の劇場の扉を開けた。うん、間違いなく、誰もいなかった。

 選んだ座席に腰を下ろして、あたりを見回す。とりあえず一旦立ち上がり、ロッキーよろしく両手を突き上げる。「あア」と声に出し、再びゆっくり座った。時間を確認すると、あと五分で上映開始である。なんて最高なんだろう、とコーヒーに口をつける。すると、スクリーンの横の扉がゆっくり開いた。

「あ」

 おばさんがいた。失礼、女性がいた。ストローの刺さったカップを片手に、その女性はゆっくり入ってきた。あアまじかよ、とがっくり首を折って、貸切でなくなってしまったことにため息を吐いた。でもそれからすぐに反省した。そりゃ当たり前だ。妙な期待を勝手にした私が悪い。しかしまア、一人だけでないにしても、相当な贅沢だ。この素晴らしい環境で心ゆくまで映画を楽しもう、と気持ちをすぐに切り替えた。

 女性は手に持ったチケットで座席を確認しながら場内をゆっくり歩いている。どこに席を取ったのかなア、と熱々のコーヒーに顔を顰(しか)めながらその動向をなんとなしに見守った。チケットと、座席に交互に視線をやりながら女性は歩みを進める。やがて席を発見したようで、足取りを確信めいたものに変えて座席に向かった。そして最後にもう一度、チケットと座席の番号を確認し、どさっと腰を下ろした。

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しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。さらに2024年6月2日の東京・日比谷野外音楽堂を皮切りに、大阪、山梨、香川、北海道、長崎を巡る初の野外ツアー「都会のラクダ 野外TOUR 2024 〜ビルシロコ・モリヤマ〜」(追加公演<ウミ>、<モリ>)開催。現在「都会のラクダ TOUR 2024 〜 セイハッ!ツーツーウラウラ 〜」を開催中。

自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中