アフタヌーンティーに隠された秘密、消えたチョコレートーースイーツがテーマの人気作家5人によるミステリーアンソロジー
PR 公開日:2024/6/28
深夜に読むべき小説ではないかもしれない。『ミステリなスイーツ 甘い謎解きアンソロジー』(双葉社)は、坂木司、友井羊、畠中恵、柚木麻子、若竹七海という錚々たる顔ぶれが「甘いもの」と謎をかけあわせて書いた短編小説をおさめた一冊。その表現の、魅力的なことといったら!
〈ぷりぷりの寒天にからむ、液体と化した餡〉を使った紫陽花という名の和菓子。〈なかに溶けたチョコが入っていて、割るとトロリと溢れてくる〉フォンダンショコラ。明治時代の東京で、いまだなじみのなかった〈シユウクリームにチヨコレイトを付けた〉エクレア。〈さくりと歯を立てるなり一瞬にして粉状になった、バターたっぷりの香ばしい嵐が舌の上でダンスを踊る〉ショートブレッド。きわめつきは〈安くて滋養があって、やわらかいんだけど、スプーンを入れるとすっきりすくい取れるのがプリンだろ〉というプリン談義。読み進めるうちにすっかり口の中が甘くなり、おやつを求めてしまうこと請け合いだ。
とくに好きだったのが畠中恵さんの「チョコレイト甘し」。舞台は明治時代の帝都。子どもの頃に両親を亡くし、居留地の外国人宣教師に育てられた真次郎は、西洋菓子の職人だ。ある日、何者かから追われている男を助けたのをきっかけに、思いもよらぬ騒動に巻き込まれていくのだが、この「寂しがり屋でお人好し」と言われる真次郎がとにかく魅力的。彼がとびきりの西洋菓子をつくるのは、それが好きだから以上に、生きていく術だからであってこの騒動によって店と、店の未来を潰されかけたときに見せる怒りには胸がぎゅっとつぶれそうになる。だからこそ、描かれる菓子の描写がよりいっそう甘く響くのだ。
甘味に塩を入れると、より甘みが引き立ち、味が強くなる。物語における塩とは、事件であり、謎であり、その裏にひそんだ人々の複雑な感情だ。登場人物たちの心の機微に胸を打たれるからこそ、描かれるお菓子の甘さが魅力的に響く。同時に、甘いものを囲む人たちの優しさやあたたかな気持ちに、ほっと心がときほぐされるのだ。
その意味で若竹七海「不審なプリン事件」もとても好きだった。2年間行方不明の殺人事件の容疑者が、娘の結婚式に現れるのではないかと張り込む刑事。べたな設定だが、次から次へと現れる不審人物が絡み合って起きる思いがけぬ展開と、まさかのラストに夢中になった。そこにプリンがどう絡むかは、読んでみてのお楽しみ。
ちなみに「チョコレイト甘し」は、元旗本の若様で、維新後に巡査となった「若様組」の面々とともに事件を解決していく『アイスクリン強し』の第一話。若竹七海「不審なプリン事件」は『御子柴くんの甘味と捜査』、友井羊「チョコレートが出てこない」は『スイーツレシピで謎解きを』、坂木司「和菓子のアン」と柚木麻子「3時のアッコちゃん」は同名タイトルの第一話を再録したものである。だから、実はほとんどの作品を読んだことがあったのだが「スイーツ」縛りで並べて読んでみると、またちがう印象と発見があっておもしろかった。そのまますべての作品で続きを読みたくなったのもまた、深夜に読んではいけなかった理由の一つである。
文=立花もも