ヨシタケシンスケが「今までで一番発言の責任が薄い」と言う絵本。「かもしれない」という責任転嫁に込めた思いを語るインタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2024/7/3

ヨシタケシンスケさん

 絵本作家のヨシタケシンスケさんが、「ちょっぴり心が軽くなる絵本」シリーズ第三弾となる『ちょっぴりながもち するそうです』(白泉社)を刊行。本の中には、どこかで見たことがあるような“おまじない”っぽいお話が並んでいる。この既視感はなんだろう…というところから、本作の制作意図や裏話について話を聞いた。

●教室で噂になっていたような話が面白い

——今回は『「○○だそうです」などと書かれたお話が並んでいますが、このテーマはどのようにして生まれたんですか?

ヨシタケシンスケさん(以下、ヨシタケ):こういう企画はどうだろう、と思っているテーマがいくつかあって、その中に「○○だそうです」みたいな噂話ばかりを載せるという本の企画があったんです。

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——噂話なんですね。

ヨシタケ:昨今どんどん、いい加減なことが言えない世の中になっていますよね。何かを発言するとすぐに「それは確かなことなのか」「エビデンスは?」みたいな話になるので、今まで以上に気をつかわないといけない。それも必要なことでしょうけど、息苦しさを感じることもあって。本当か嘘かわからないような情報を、笑って発信できるようなフォーマットがあってもいいんじゃないかと。

——それが今回のおまじないのようなお話に。

ヨシタケ:はい。ちっちゃい頃、根拠はないけど学校の教室で噂になっていたおまじないとか、あったじゃないですか。「筆箱の中に好きな子の名前を書いて忍ばせておく」とか。そういう日常の楽しみ方って面白いなと。いい加減なことを「いい加減なこと言いますよ」と言った上で伝える分には、いいんじゃないかと思って。

——「○○だそうです」という言葉には、本当か嘘かわからない“いい加減さ”がありますね。

ヨシタケ:僕は絵本の中で断言をしないんです。「そうかもしれませんね」みたいなことをずっと言ってきましたけど、とうとうそれが人から聞いた話になってしまった。今まででいちばん発言の責任が薄いですね。

——「かもしれない」以上に…。

ヨシタケ:そう。すでに自分の意見ですらないという、究極の責任転嫁のフォーマットに落ち着いた形です。

ヨシタケシンスケさん

●「おまじない」を自分で考える手掛かりになれば

——こういうおまじないが昔あったかも…と感じるような身近なお話がいくつもありました。たとえば、「くだものをおでこにのせると 大事なことが見つかりやすくなるそうです」とか。

ヨシタケ:昭和くらいからずっと言われていた、みたいな感じを考えていったんですが、嘘っぽさと本当っぽさの真ん中みたいなところが意外と難しいなと。いざ描き始めると、数が出なくて困りましたね。それでもいっぱい考えて、いいものを残しました。

 面白かったのは、絵をつけるのが難しかったこと。本来おまじないって言葉だけで出回るものなので、そこに絵をつけるとシチュエーションが限定されて、その言葉が持つ懐の深さみたいなものが削ぎ落とされてしまう。テキストは気に入っていたけど絵をつけるのが難しくてボツになったお話もあったし、文章だけの場合と絵をつけた場合でまったく印象が変わるのが、描いていても面白かったですね。

ちょっぴりながもち するそうです

——エピソードの選び方によってはリアルになりすぎてしまいそうですね。嘘っぽいけど、どこかで実際にあるような気もする、ちょっとしたズレが面白いというか。

ヨシタケ:そうそう。だからテキストと絵は合致しないほうが良くて、どうにでも受け取れて、読んだ人が自分の生活に取り入れられそうなお話を残しました。ゴミ箱にゴミを投げて一発で入ったら今日の打ち合わせはうまくいく…みたいな一種のげんかつぎって、みんなそれぞれ持っているじゃないですか。「結局は気の持ちようでしかない」ことを表現した本でもあるので、「おまじないって自分で作ってしまってもいいんだな」という気持ちになってくれたら嬉しいなと。

——たしかに、自分でも気づかないうちにやっているジンクスって、誰しもあるような気がします。「ながもち」の話にしても、げんかつぎのようなお話で。

ヨシタケ:高齢者の方で「私はもうお先が短いから」という人ほど長生きすることがあるじゃないですか。仲のいい友だちと卒業で離れ離れになり、会えなくなると思っていたら意外と長く付き合っている、とかね。何でも低めに設定しておくと思ったよりうまくいく、みたいな考え方で自分を守れたらいいなと思います。

——個人的には、「自分を許してあげられなくても あなたの小さな神サマは許してくれるそうです」というお話が好きで。

ヨシタケ:ありがとうございます。

——「悪いことをしたら神様が見ている」みたいなことをよく言われますが、絵本のこの神様はぐうたらしているし、自分を甘やかしてくれそうだなと(笑)。自分に対する罪悪感を神様が許してくれたなら、悩んだ甲斐がありそうです。

ヨシタケ:うんうん。「いいんじゃない?」って自分を肯定してくれるためだけの小さな神様がいてもいいのかなと。もう、勝手に考えていますけどね(笑)。自分を許してあげられないシーンってたくさんあって、でも慰めてくれる誰かが近くにいないことも多い。そういう時に、ちっちゃな神様が自分の代わりに自分を許してくれて、気が楽になったらいいなと思って。生きていくことのままならなさを、騙し騙し、やんわり肯定していくことも、このシリーズのテーマの一つです。

ヨシタケシンスケさん

●自分の存在が世界の何かに影響を与えている

——本の中には、自分がしたことによって遠くの誰かに何かしらの影響がある、といったお話もありますね。

ヨシタケ:「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいなバタフライエフェクトのお話を描きたくて。道端でゴミを1個拾ったら全然違う人が助かったり、逆に、むしゃくしゃして蹴飛ばした小石が大事故につながったりとか。世の中にはいろんな因果関係があるはずで、自分の発言や行動、生きていること自体が世界の何かしらに影響を与えているということが、なんとなくイメージできるといいなと。言ってみれば、“創作・因果関係”ですね。自分のしたことで自分が得するばっかりだと、つまんないというか、ケチくさい気もして。

——そういう意味では、各ページに描かれたチェーンのような枠の絵が、因果関係をあらわす数珠のようなものにも見えました。

ヨシタケ:数珠とかビーズのようなものをイメージしています。本の最後のほうに「あせる気持ちも罪悪感も、交互に並べて糸を通せば、そこそこきれいな あなただけのアクセサリーになるそうです」という話があるんですが、小さなわだかまりや心配事って、1個1個はトゲトゲしているけれど、それを集めてつなげたら、自分を飾るものになるかもしれない。なかったことにはできないんだけれども。

——それが自分から生まれた感情であることに違いはないですし。

ヨシタケ:「禍福は糾える縄の如し」と言いますけれども、いいことも悪いことも交互にやってくるから、どれがいいことで悪いことなのかすぐにはわからなくて、時間が経ってから「あれは自分にとって必要なことだったんだ」とわかったりする。人はそこに「運命」っていう名前をつけたりして、自分の都合のいいように解釈しますよね。その都合の良さみたいなことも面白がれないかなと。

●自分自身の実体験は他の人に語らせるのがマイルール

——ヨシタケさんの絵には老若男女いろいろな人が登場しますが、特に面白がって描くような人はいますか?

ヨシタケ:そんなに書き分けができないんですけど、単純に自分が中高年の男性なので、おじさんを描くのは好きですし、年齢や立場に関わらず、何かにつまずいている人を描くのは楽しい作業ですね。自分自身が小さなことを気にしがちで、そんな自分がどう言われたら嬉しいかなって考えながら本を描いているので、その人たちを描くことで自分自身が救われているのはあります。

——だから楽しい作業なんですね。

ヨシタケ:そうですね。スケッチもそうですけど、個人的な意見や体験ほど、自分じゃない人に語らせるっていうルールも決めています。あえて性別と年齢を変えて描いてみるとか。悪口言っているって誰かに思われちゃうと困るし、それはきっと誰にでも起こりうることなので。人間いくつになっても悩みは減らんわな…って、本を通じて傷を舐め合いたい気持ちはありますね。

——今の世の中、もう少しこうなるといいな、という想いはありますか?

ヨシタケ:世の中がその方向に動くときってそれなりの理由があって、それで生き生きする人もいれば、つらくなる人もいる。一人一人バラバラの価値観のなかで、なんとなくわかり合えているのはすごいことだと思います。ただ、お互いの「至らなさ」を許せる余裕があったほうが、暮らしやすい社会になるはずで。

 できないことをできないって、助けを求められたほうがいいだろうし、そこに手を差し伸べられるような豊かさがあるに越したことはないんだけども、それがなかなか簡単じゃないから、「できたらいいのにね」ってせめて苦笑いできるような世の中だったらいいな、なんて思います。

 性善説よりは性悪説で、人間放っておくと悪くなるもの。それでもどうにか頑張っているんだから上出来なんじゃないのって。それくらいに思っていたほうが、悪いことが起きても「しょうがない」「そういうこともあるよね」と思えるというか。

 周りを受け入れる余裕があれば、新しいものを提案する余裕も生まれてくるはずで、何かを攻撃するパワーみたいなものを、それを改善する提案に変えていけたらいいですね。その余裕を生むためにも、嘘かホントかわからない噂話でニヤニヤするのもいいんじゃないでしょうか。

——本を読んだ人が、自分で思いついたおまじないでニヤニヤしながら、心に余裕を持てるようになるといいですね。

ヨシタケ:小さい頃にやっていたおまじないが意外と効果あったんだよ、みたいなね。そういう不確かだけど面白い噂話を共有できたら、ちょっといいですよね。

取材・文=吉田あき、撮影=金澤正平

ヨシタケシンスケさん

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