第12回「人生初めてのヨーロッパ旅行で全部荷物を盗まれた酒飲み独身女」/酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない⑫

文芸・カルチャー

公開日:2024/6/28

酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない

おなかの予鈴が、ぐーぐー鳴り響く正午。

炊飯器にはカピカピになったお米が少しだけ残っていて、冷蔵庫の中には期限の切れたごはんですよ!がぽつん。

暑そうだし、外に出たくないなぁ〜と思いながら、しぶしぶお昼ごはんを買いに、スーパーに行った。

「今日はスパゲッティでもつくってみるか」

自動ドアをくぐって、最初に目に入ったのはプラムだった。もう、そんな季節なんだね。
夏になると、毎日みずみずしいプラムに思いっきりかぶりついて、ぽたぽた汁をたらす。サマーエンジェルが好き。

そして、プラムを見かけるたびに、あの頃17歳だったエリオを思い出す。

わたしが、人生で一番美しいと思った映画『君の名前で僕を呼んで』。
はじめて、映画館で見たとき、息がつまるほど、うつくしい作品に出会ってしまったと思った。

きらきら眩しくて宝石みたいな映像だった。
ダイヤモンドのように永遠で、エメラルドのように繊細なひと夏の恋。

1983年、北イタリアの避暑地で文学や芸術に囲まれて生きてきた17歳の少年エリオが、夏休みだけ訪れた24歳の青年オリヴァーに出会って、好きになって、恋を知る物語。

いつまでもそっとため息をつくように思い出してしまう、忘れられない夏の思い出。
空が、海が、ふたりが、恋が、何もかもが美しく瞬きする隙がない。
ドライアイまっしぐら。

きゅぅぅぅっと胸が締め付けられる。
わたしも、きゅぅぅぅっしたい!海外に行きたい!震えるほど感情が揺さぶられるような夏を見てみたい!

退屈な日常にうんざりしていたわたしの人生、行ってみたら何か変わるかもしれない。
あさはかだ。

その時のわたしは、映画の世界に憧れすぎて、じゅっと焦げて、ぱらぱら灰になってしまいそうだった。

はじめてのヨーロッパ旅行

酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない

わたしのはじめてのヨーロッパ旅行はスペインだった。
イタリアではないけれど、憧れのヨーロッパだ。

ひと夏どころか、1週間のヨーロッパ旅行だったけど、忘れられない旅になったのは、たしかだった。

はじめてのヨーロッパ旅行の前日。
一緒に行くはずだった、留学経験もあって海外慣れしている友だちから一通の連絡がぽこんときた。

「免許合宿の延長確定だわ、明日のスペインは一緒に行けないや。あとで行くから!すまん!」

は????

ここから、わたしのはじめてのヨーロッパ旅行のはじまりはじまり。
計画は他力本願で任せていたこともあり、気合いで乗り越えるしかなかった。

ポケットWi-Fiは甘えだと強がって、借りずに飛行機に飛び乗った。
到着してからは、ひとりだということを、すっかり忘れて映画の登場人物になった気分で浮かれていた。

酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない

雨でさえお洒落に溶け込ませる、おとぎの国のような街並み。
海外ドラマでしか見たことがない砂糖の香りがぷんぷんのケーキ屋さん。
市場には噴水のように噴き出すフルーツジュースや、ときめきが詰まったチョコレート。
表参道にあることを知らずに、背伸びして買ったZARAHOMEの花柄のベッドシーツ。
どこに行ったって、コーラよりも安い値段で飲めるビール。

毎日がここに住みたいの繰り返し。

現地で「写真を撮ってもらえますか?」という一言をきっかけに、友だちも4人くらいできて、一緒にご飯を食べたり、美術館に行ったりもした。

海外だと、内向的な自分でも、こんなに社交的になれるんだということにおどろいた。

映画のような街並みの中で…

3日目をすぎた頃に、免許を無事に取得した友だちが合流し、わたしは先輩気取って街を案内する。

「お腹すいたよ〜、現地の人と同じ生活がしてみたい」と言うので、「ビールが安いとこ知ってるよ」と誇らしげな顔でスーパーに向かった。

日本のスーパーの赤字に太いお買い得99円の文字が、少し恋しい。カートに次々と見たことない食材を積んでいく。

酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない

大きなバケットを2個、赤ワイン、パンナイフ、コストコで売っていそうなチーズに生ハム、トマトやオリーブも買った。

スーパーから出た瞬間に、まだキンキンに冷えているビールをプシュッッと開け、はじめての乾杯をして、喉をごくごく鳴らした。

ここまでは、理想の旅というか、スーパーで食材買ってビールを飲んでいるだけなのに、ドラマの第1話分くらいの充実感があった。

「宿に戻ろうか」「あっ!ここのコーヒー美味しいから、ちょっと並んで買ってくるよ。荷物を頼むね」とほんの5分。
5分だけ目を離した隙に、事件は起きた。

ほかほかのコーヒーを両手に抱えて戻ると、友だちは、堂々とサンドイッチづくりをはじめていたのだ。

ナイフで丁寧にぎこぎこバケットを切って、すーっとトマトを切って、チーズを挟んで…じゃなくて…

「荷物どこいったの???」「え??」「見張り任せてた荷物だよ」「まじで?嘘でしょ?どこ行った?さっきまであったはずなのに…」

預けていたリュックサックが姿を消してしまった。
もちろん、友だちのボストンバッグもなくなっていた。

人生はじめて間接スリにあったのだった。

一難去ってまた一難

わたしたちに残されたのは、温かいコーヒーとサンドイッチだけ。
持ち歩いていたスマートフォンと小銭入れは手元にあり、幸いにもパスポート類は宿に預けていたので助かった。

さようならイヤホン、さようなら化粧品、さようならお土産、さようなら池上彰の本。

どっと疲れたので、タクシーに乗って帰ることにした。悔しいけれど、サンドイッチは最高においしーーー!!

複雑な色をした叫びは赤ワインをラッパ飲みして飲み込んだ。

そして、事件はぷよぷよフィーバーのように連鎖するのだった。降りて2分後くらいに、わたしは冷や汗をかくことになる。

「あれ、スマホがどこにもない」
サンドイッチを握りしめ、肝心のスマホは座席に置いたまま降りてしまったのだ。はぁ…はぁ…。

追いかけても、追いつく距離じゃない。車のナンバーも、タクシー会社もわからない。レシートももらった記憶がない。

あははははは。詰みました。

見つけ出す前に、バルセロナに飛行機で移動しないといけなかったので、さらばスマートフォン。ふふふ。

はじめてのバルセロナに到着して、最初に行ったのが警察署って…。
ハングオーバーみたいな展開は求めてないんだよ。

胸がきゅぅぅぅっどころか、ぎゅうぎゅうに締め付けられてる。

その後、日本のように当たり前に見つかることはありませんでした。

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さかむら・ゆっけ、●酒を愛し、酒に愛される孤独な女。新卒半年で仕事を辞め、そのままネオ無職を全う中。引っ込み思案で、人見知りを極めているけれど酒がそばにいてくれるから大丈夫。たくさんの酒彼氏に囲まれて生きている。食べること、映画や本、そして美味しいお酒に溺れる毎日。そんな酒との生活を文章に綴り、YouTubeにて酒テロ動画を発信している。気付けば、画面越しのたくさんの乾杯仲間たちに囲まれていた。