やなせたかし「アンパンマンがなぜウケるのかわからない」彼が「アンパンマン」に込めた正義を語る1冊

文芸・カルチャー

PR 更新日:2024/7/8

新装版 わたしが正義について語るなら"
新装版 わたしが正義について語るなら』(やなせたかし/ポプラ社)

 毎週金曜10時55分、テレビをつけると『それいけ!アンパンマン』が放送されている。ばいきんまんの悪事に気付き、それを止めようとするアンパンマン。だが、ばいきんまんの攻撃によって“顔が汚れて力が出ない”というピンチに。とどめを刺されそうなところで、ジャムおじさんに新しい顔に交換してもらって復活し、得意技のアンパンチでばいきんまんを吹っ飛ばしていた。

 おなじみの展開になんだかホッとする。放送36年目を迎える国民的アニメの生みの親は、やなせたかしさんだ。2013年に94歳で亡くなった後も、アニメは変わらず続いている。

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 来年2025年には、NHK連続テレビ小説『あんぱん』で、やなせさん夫妻をモデルにドラマ化されるなど、その生きざまが注目されているやなせさん。そんな、アンパンマンというヒーローを生み出したやなせさんが思う“正義”について語ったのが、本書『新装版 わたしが正義について語るなら』(やなせたかし/ポプラ社)である。

 ドラマのモデルになるだけに、その人生は決して一直線なものではなかった。東京高等工芸学校(現・千葉大学)卒業後には戦争に巻き込まれ、戦地から帰ってきたときには27歳になっていた。三越宣伝部にグラフィックデザイナーとして勤務した後、マンガ家を目指して退職するも、これといったマンガの仕事はなく、頼まれた仕事はなんでも引き受けた。舞台、ラジオ、テレビの構成作家や、なぜか舞い込んだテレビ出演まで。

 自身にとって初めての幼児向けの絵本『あんぱんまん』を書いたのは1973年、54歳のとき。しかし、周囲からの評価は散々なものだったという。

「本は大悪評でした。特に大人にはダメだった。出版社の人には「やなせさん、こんな本はこれ一冊にしてください」と言われるし、幼稚園の先生からは、顔を食べさせるなんて残酷だと苦情がきました。絵本の評論家には、こんなくだらない絵本は図書館に置くべきではない。現代の子どもはちっとも面白がらないはずだ、と酷評される」という始末。

 やなせさんも「作者のぼくも自信がなくて、これはダメだと思いました」と振り返る。だが、風向きが変わったのは出版から5年ほど経ったころ。幼稚園や保育園、図書館では大人気だというのだ。大人たちには見向きもされなかったが、なんの先入観もなく、純粋に絵本を好き嫌いだけで“評価”する幼児たちには受け入れられていた。

 やなせさんは「アンパンマンがなぜウケるのか、今でもぼくには分かりません」と告白する。「でもぼくは真剣に考えるようになりました。そして自分のメッセージをしっかり入れることにしました。「正義とは何か。傷つくことなしには正義は行えない」。

 さらにやなせさんは言う。「アンパンマンは、自分の顔を子どもに食べさせるのだから、ある面では自己犠牲です。正義を行う場合には、本人も傷つくということをある程度覚悟しないとできません」。同時に「みんな傷つきたくないから正義なんてやらない」とも。実社会を見渡したって確かにそうだ。だが、アンパンマンは毎度のように“顔が汚れて力が出ない”状況になり、傷つこうとも行動する。だからヒーローなのだ。

 このようにやなせさんが考える“正義”がさまざまな角度で語られる。テーマは硬いように思われるが、筆致は軽やか。すっと心に入ってくる。ちなみに本書を読んで新たに知ったことがあった。冒頭にも書いたアンパンマンの得意技、アンパンチについてだ。

「得意技のアンパンチだって、敵のばいきんまんを殺すことはありません。ばいきんまんは死ぬのではなくて、自分の家に帰ってしまうだけですね。アンパンマンは、ばいきんまんが死なないように殴っている。アンパンチは、相手をボカボカに殴るのも悪いので一発でボカーンとやってしまおう、アンパンだからアンパンチと簡単に作っちゃった技です」

 アンパンマンに吹っ飛ばされたばいきんまんは、自分の家に帰っていただけだったのだ。新発見だった。

文=堀タツヤ

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