心を閉ざしたエリート弁護士と傷害致死事件を起こした男が暮らしたら?誰かを思う心を描く人情ミステリ

文芸・カルチャー

PR 更新日:2024/7/26

籠の中のふたり
籠の中のふたり』(薬丸岳/双葉社)

 自分の日常とは距離がある事件や、報道だけでは想像が及ばない罪を犯した人の心に触れることができるのが、ミステリ小説の醍醐味のひとつだろう。そんな犯罪や人間の暗い側面を描きつつも、その背景にある「人と人のつながり」という温かいテーマを熱い筆致で伝えるのが、本書『籠の中のふたり』(薬丸岳/双葉社)だ。

 主人公は、弁護士として働く32歳の村瀬快彦。小学6年生の時に母親が不可解な自殺を遂げて以来、人を傷付けたり、相手に傷付けられたりするのを恐れて、他人と深く関わることを避けて生きてきた。そんな彼は、父の死後、傷害致死事件で服役していた同い年の従兄弟・蓮見亮介の身元引受人となり、親が遺した一軒家で共に暮らし始める。弁護士としての経験から、暴力事件を起こす被疑者を忌み嫌ってきた快彦は、亮介と距離をとって同居期間をやり過ごそうとするが、夫のDVに苦しむ小学校の同級生の相談に乗ったことをきっかけに、亮介と協力して彼女を救うため奔走する。

 慎重で聡い快彦と、情に厚く行動派の亮介という対極のふたり。人として面白みがない快彦に比べて、豪快そうに見えて誰よりも優しく繊細な亮介が魅力的だ。何事にも深入りしようとしなかった快彦が、亮介と行動を共にするうちに生来の人のよさを取り戻し、可愛げのある人間に変わっていくさまに心が温まる。そんな凸凹コンビが事件を解決していく痛快なバディものとして物語を楽しんでいると、予想しない展開が続いて、驚く。快彦は、母が結婚前に父に送った手紙を読んだことで、自分の出生に関わる疑念を抱く。亮介が起こした傷害致死事件にも裏があるとにらんだ快彦は、今度は主体的に、自らと亮介の過去を知るために動き出す。

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 厳しい境遇に育ちながらも周りに愛されて生きてきた亮介が、なぜ人を死に至らしめたのか。家族を思っていたはずの快彦の母は、なぜ死を選んだのか。快彦が生まれる前、両親の間に何があったのか。ふたりをめぐる謎に迫る中で、快彦の周りに存在していた「大切な誰かへの思い」が明らかになっていく。

 快彦と亮介の心の変化と共に描かれる謎解きは、スリリングかつ感動的。記録には残らない事件の背景や、罪を犯した者の心を徹底的に描いてきた著者ならではの人間ドラマに、感情を強く揺さぶられる。上質なミステリに心躍る体験だけでなく、隣にいる人への感謝の思いが溢れるような、温かい読後感が得られる物語だ。

 罪を犯して拘置されている者だけでなく、この主人公のように周りとの壁を作っている人や、過去や心の傷にとらわれて行動できない人も、みんな閉ざされた場所にいる。そこからは、内側にいる自分の力だけでは出られない。何かに思い悩んでいる人が扉を開けてくれる誰かに出会うため、一歩を踏み出したくなる1冊だ。

文=川辺美希

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