BLを通じて芽生える年の差58歳の友情。老婦人と女子高生の心温まる交流を描いた『メタモルフォーゼの縁側』
公開日:2024/8/9
日々の生活や仕事を通じて周囲の人と比べて成長できていないと感じたり、心身の衰えで何かと落ち込むことが多くなってきた。そんな時に読む『メタモルフォーゼの縁側』(鶴谷香央理/KADOKAWA)は、深呼吸した後の様な安心感を与えてくれる。
75歳の老婦人・市野井雪は、書店で手にした漫画をきっかけに男性同士の恋愛模様を描く「BL(ボーイズ・ラブ)」の存在を知る。
その後、雪がBL漫画を購入した書店でアルバイトをしている17歳の高校生・佐山うららと「BL」を通じて交流を深めていく友情物語なのだが、世代間の差がある故に互いを気遣うふたりが程よい距離感で描かれている。
雪とうららが好きなBL漫画の感想を語り合う姿は、ひっそりと秘密を共有する様な関係性の様に見える。BL漫画を読んでいて「(登場人物の恋を)応援したくなっちゃう」と雪は話していたが、読者としても、このふたりの友情を応援したくなっていく。
基本的にふたりのやり取りはSNSを使わずに対面かメール、電話といった一対一でのコミュニケーションが主体となっており、ゆったりとした時間の流れが心地良い。
そして本作はBLの話題だけで物語が進む訳ではない。料理をしたり勉強したり家族と過ごすといった日常の何気ない所作の描写も多く生活感に溢れ、BLは日常生活の中で彩りを添えてくれる楽しみという存在として扱われている。また、雪やうららの身内が彼女達のBL好きを知って少し驚いてしまうという場面はあるが、否定もせず、普段通りに接している。
作中におけるBLの在り方や「BLを好きな部分も含めて彼女自身である」と受け入れる様子を描く自然さがこの作品の魅力のひとつと言えるだろう。
雪とうららの友情が深まりふたりで同人誌即売会へ足を運んだり、好きなBL漫画家のサイン会へ行くといったひとつひとつのエピソードがささやかながらもドラマチックでありふたりの友情物語としても十分に楽しめるが、この作品はうららと雪それぞれの成長の物語でもある。
引っ込み思案なうららが明るい雪と交流することで前進していき、背中を押される側だった立場から次第に別な人の背中を押す側になり、老いを理由にあまり行動的ではなかった雪も、BL漫画やうららとの出会いをきっかけに行動範囲を広げていく。
「たまに 自分だけ他の人より 時間の流れが遅いように感じることがある」と思ううららのモノローグがあるのだが、雪が75歳でBLと出会った様に「タイミング」というものはその人ごとに違ってくるものだ。つい周囲の人と何かと比べがちになってしまうものだが、ふたりの様子を見ていると焦らずに自分のタイミングで成長していきたいと思えるし、老いていく自分と向き合いながら好きなものに打ち込んでいくのも悪くないなと思えて来る。
そんな前向きな気持ちにさせてくれるふたりの「メタモルフォーゼ」にぜひ注目してもらいたい。