『ふつうの軽音部』はなぜ人気? “邦ロック好き軽音部モブ”の境遇にあるあるの声が止まらない

マンガ

公開日:2024/7/5

ふつうの軽音部"
ふつうの軽音部』(クワハリ:原作、出内テツオ:漫画/集英社)

 『ふつうの軽音部』(クワハリ:原作、出内テツオ:漫画/集英社)は当初、集英社が運営するマンガ投稿サービス「ジャンプルーキー!」で、原作のクワハリさんひとりの手により描かれていた作品だった。そこで話を追うごとに反響が大きくなり、さらなる飛躍のため作画に出内テツオさんをむかえる。そして戦場を「少年ジャンプ+」にうつし、現行の『ふつうの軽音部』が動きだした。

 そんな連載「前」からすでに話題を集めていた本作が「次にくるマンガ大賞2024」Webマンガ部門にもノミネート。軽音部の「ふつう」が共感を集めるのと同時に、実在する音楽に彩られた「ふつう」じゃないキャラや物語にハマる人が続出している。

『ふつうの軽音部』は多少古めの邦楽ロックが好きな少女「はとっち」こと鳩野ちひろが、ギターを買い、軽音部に入部し、バンド活動をしていくマンガだ。軽音部やバンドをモチーフにした作品はこれまでにも多数存在した。しかし『ふつうの軽音部』ほど共感を集めているマンガはこれまで存在しなかったのではないだろうか。

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 というのも「バンド」と言ったとき誰もが想像するのは、舞台に立ち、スポットライトをあびながら聴衆を熱狂させる側のはずだ。しかし同時にそこにはバンドを見る観客がいる。そして恥ずかしさからか、盛り上がる観客にすら素直に溶けこむこともできない、モブのような人間もそこにはいるのだ。

 主人公である鳩野ちひろの最初の立ち位置は、その「モブ」に他ならない。先輩のバンドの盛り上がりに心動かされながらも、素直に拳を突きあげることはできず、思い切って軽音部に入ってみたら同期は45人の大所帯。自分のまったく関係のないところで恋愛沙汰によりバンドが解散している。みずから組んだバンドでさえも、他のメンバーの些細な心変わりから簡単に瓦解してしまう。

 これらのエピソードは軽音部の「あるある」であると同時に、気がついたら自分はカヤの外におり、ひとりのモブにすぎない、という鳩野の立ち位置が私たちの共感をいやがおうにも誘うのだ。

 しかも本作はそれだけでは終わらない。鳩野は、当初、そんな外様のモブ軽音部員だったはずなのに、友人にその才能を見つけられ、いつしか「神」とさえあがめられるようなる。気がついたら目の前にはバンドマンとして、主役としての高速道路が用意されている。くわえて公園でひとり武者修行という非常に主人公らしい行動にも余念がない。

 モブであったはずの女の子が、いつの間にか主役になり、その小さい体で音を奏で、聴衆たちを魅了するようになる。当初の立ち位置がモブ同然であったことが数多くの「主役じゃなかった私たち」の共感を呼ぶとともに、その低い位置から主役としての高みに向けて成りあがっていくことで大きな落差を作りだしている。こんな「ふつう」じゃない急激な落差がカタルシスを生まないはずがない。

 また鳩野が好きな音楽は、お父さんに影響を受けたというちょっと昔の邦楽ロックで、作中でも実在するバンドの曲が使われている。それゆえ、それらの曲から彼女の持っている声や、そのバンドを好きになった経緯、好きな曲が映しだす彼女の性格などを想像することができるのも楽しさのひとつだ。

 作中にはandymoriの「everything is my guitar」が歌われるシーンがある。「物語が始まるかもしれないんだよ」と声高に叫ぶ姿は、彼女のテーマソングかのように読み手にも突き刺さってくる。そこに実際の曲があり、つむがれた歌詞があるからこそ生まれる背景を感じることができるのだ。

 他にも作中に登場するのはナンバーガールやsyrup16gなど、音楽好きなら思わずうなってしまうようなラインナップの楽曲ばかり。そんないくつもの楽曲をBGMにしながら、『ふつうの軽音部』を読めば、何倍も楽しむことができるのではないだろうか。

文=ネゴト/ たけのこ

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