競泳・池江璃花子、闘病を経て再びオリンピックの舞台へ。18歳で白血病になり苦しんだ過去

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/7/11

もう一度、泳ぐ"
もう一度、泳ぐ』(文藝春秋)

「思ってたより、数十倍、数百倍、数千倍しんどいです。三日間以上ご飯も食べれてない日が続いてます。でも負けたくない」。競泳選手の池江璃花子が2019年3月、ツイッター(現:エックス)に投稿した言葉だ。池江はこの投稿の1ヵ月前に白血病と診断され入院。抗がん剤治療に苦しむ中で吐露した思いだった。

 当時18歳の高校3年生。2016年、16歳でリオデジャネイロオリンピックに出場、2018年のアジア大会では6冠に輝き、自由形(50m、100m、200m)、バタフライ(50m、100m)の日本記録を保持し、まさに絶好調のときに発覚した病だった。だが、約10ヵ月後の12月には退院し、3月には彼女の舞台であるプールに戻った。「復帰してから4年、私が苦しみながらも目標を達成するまでの記録をここに残しました」というのが、自身初の著書『もう一度、泳ぐ』(文藝春秋)だ。

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「目標」とは2024年フランス・パリで開催されるパリオリンピックへの出場。池江はことし3月にその切符を手に入れた。驚異的な回復力で、復活を遂げた彼女…と私たちの目には映るが、それは表側のほんの一部分でしかない。本書では池江が4年間、自分自身と闘い続けた日々が収められている。

 トップアスリートが自分自身と闘うのは、特にスポーツをしていない者でも想像はできる。精神面としても結果としても、過去の自分に打ち勝ち、高みを目指す。そうでなければすぐに他の選手に蹴落とされてしまう。競泳のように個人種目の選手ならなおさらだろう。しかし、彼女の場合は、記録を更新し続けていた“病気になる前の自分”と常に比較してしまう苦しみが生まれる。

 2021年の東京オリンピック前に行われたスケート選手・羽生結弦との対談の中では、こう語っている。「追い込んでも結局体がついてこなくて、苦しくて、他の選手みたいに泳げなかったりすることが一番悔しい」「逆にそれが今までできてたから、自分をむなしく感じてくる。「そうじゃないんだよ」って自分に言い聞かせてはいるんですけど。正直言うと過去の自分はすごかったので、今の自分と比べると、本当に毎日のように悔しいと思いながら練習しています」。

 2023年5月のヨーロッパグランプリでは思った結果を残せなかった。「こういう時に、ああ、病気してなければなぁって思います。病気したから遅くなったし、体力なくなったし、戦えなくなったので。本当に以前の自分に戻すのには、今の努力以上のことが必要だと思いますね」。

“病気をした”のは起きたことだから、“病気をしていなければ”と思いをめぐらすことに意味はないのかもしれない。でも考えてしまう。コンマ何秒を競う世界で生きる彼女の苦悩は、どれほどなのだろう。自信を得たと思えば、次には自信を失ってしまう。行ったり来たりの感情の波が、本書には赤裸々につづられている。

 そんな日々を経ての2024年、パリオリンピックが7月26日に開幕する。出場を決めた後に池江はこう記している。「今まで、努力してるってどういうことか分からなかったんです。努力は当たり前だったから、努力しないで速くなってきたと思ってた。だけど、今は今までで一番努力したって言えるくらい、練習も積んできました」。“天才”と言われ続けた後に過ごした葛藤の日々。この言葉に、彼女の4年間が凝縮されている。

文=堀タツヤ

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