あなたと食べるご飯は、いつもよりおいしい。一緒に食卓を囲む幸せを教えてくれる『合鍵くんと幸せごはん』

マンガ

公開日:2024/8/8

合鍵くんと幸せごはん

 料理を作るのは手間がかかるし、正直、食事をするのはめんどくさい。ひとり暮らしの経験などがある人であれば、一度はそんな思いを抱いたことがあるのではないだろうか。でも、「食べる」って単なる栄養の補給だけじゃない。そこにはもっと大切なものがつまってる。そんなことを教えてくれるマンガが黒麦はぢめさんによる『合鍵くんと幸せごはん』(KADOKAWA)だ。

合鍵くんと幸せごはん

 会社員をしている渚は、ある日、むかし隣に住んでいて、よく家族で一緒にご飯を食べていた7歳下の男の子、浩と出会う。仕事はしているものの、根無し草のような生活をしていた彼をあわれみ、自ら家にまねきいれる。そんな何気ないきっかけでふたりの同棲生活ははじまっていく。そしてふたりで一緒にさまざまな料理を作り、何度も食卓を囲んでいくうちに、すこしずつ居心地のよさを意識するようになっていくのだった。

advertisement

 家庭の食卓をテーマにしており、毎回、出てくる料理は非常においしそう。そのアレンジも多彩で刺激的だ。そんな料理の魅力だけでなく、食卓を囲むふたりの関係からも目が離せない。

合鍵くんと幸せごはん

『合鍵くんと幸せごはん』は、ふたつの感情を抱かせてくれる。ひとつめは変わっていくことの心地よさ。そしてもうひとつは作品を通して変わらない、「幸せ」に対する、ある価値観の大切さだ。

 同棲がはじまった当初、ふたりの関係は「飼い主」と「ペット」くらいのものだった。浩には自室もなければ、目立った私物もなく、渚の部屋に元からあったちいさなソファで寝泊まりしているだけの一時的な同居人に過ぎなかった。

 そんな稀薄な関係性は、連載がすすんでいくにつれて変化していく。同じ時間をすごし、理解を深め、同じものを食べ、喜びを分かちあう。そうしていくことで互いへの「居心地のよさ」がどんどん積み重なっていく。結果、劇的なきっかけはなくとも、自然とふたりの距離は近くなっていくのだ。

合鍵くんと幸せごはん

 相手と会う回数が増えるだけで警戒心がうすれ、親しみや親近感を感じるようになる「単純接触効果」というものがある。ふたりの関係性の変化は、まさにこの単純接触効果の影響を受けているかのように、どこまでも自然で無理がない。それゆえ、読み手にとってストレスがなく素直に受けいれることができる。徐々に変わっていく関係性を応援しながら、つむぎだされてゆく「心地よい空間」に、私たちも同じようにいざなわれてしまうのだ。

 その変化に通底しているのは「他の人と一緒に食べるご飯が一番おいしい」という変わらない幸せへの価値観だ。

 冒頭に書いたように、ひとりきりのときに気だるさを感じてしまい、結局、ご飯を抜いてしまった経験は誰しも一度くらいはあるのではないだろうか。いっぽうで他の人と食卓を囲んでいるときには、会話もはずむし、「おいしい」という思いも共有できる。ひとりのときの何倍も食事に積極的になれる経験をしたことがあるのではないだろうか。

「食事」というものに幸福感を見出そうとするのであれば、「他の人と一緒に食べる」というのはひとつの最適解なのだ。

合鍵くんと幸せごはん

 渚も浩も、作品の当初から一緒に食卓を囲むことに心地よさを感じていた。そして特定の誰かと食卓を囲むことから生まれる心地よさこそが「幸せ」そのものであることに気がついたことで、ふたりの関係性は大きく変わってゆく。

 

 いつしか、ふたりがその幸福がずっと続けばいいと願うことは至極当然。本作はそんなストーリーを通して、私たちにも「他の人と食卓を囲むこと」の尊さを教えてくれる作品なのだ。

合鍵くんと幸せごはん

 毎話さまざまな家庭料理が出てくる本書を料理のノウハウ本として読むこともできる。また日光浴をするかのように、ふたりの生みだす居心地のよさにひたるのもよいだろう。自らの周りにも、食べることが生みだす「幸せ」が存在することに気がつかせてくれる作品だ。食卓に彩りを加えるもう一品のつもりで、ぜひ本作も手にとってみてほしい。

文=ネゴト/ たけのこ

あわせて読みたい