現場に落ちていたのは死蝋化した人体組織。残酷でおぞましい事件に隠された真実とは?

文芸・カルチャー

公開日:2024/7/11

死蝋の匣"
死蝋の匣』(KADOKAWA)

 ミステリー小説を読みながら、推理とも呼べないような直感で「実はこういうことなんじゃないのかな」「こういう仕掛けがあるんじゃないか」と想像しながら読み進める人は多いだろうと思う。だが櫛木理宇さんの小説で、結末を見破るのは困難だ。予想をはるかに超える残虐な事件が次から次へと起きて、主人公たちと同じように「いったい何が起きているんだ!?」と翻弄されてしまう。最新作『死蝋の匣』(KADOKAWA)はまさにその極致で、一見つながりのなさそうな事件が連鎖してひとつの真実にたどりついていくさまに、読みながら飲み込まれてしまう。

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 始まりは、茨城県の住宅でとある夫婦が殺された事件。金品が奪われているため強盗目的も疑われたが、薬品で視界をつぶし、滅多刺しにした犯人の手口にためらいはなく、さらに夫婦が経営していた芸能プロダクションがジュニアアイドル――幼い子どもを性的に消費する商売が専門と判明してからは、怨恨の線が強まっていく。さらに現場に落ちていたのは、死蝋化した人体組織。犯人がわざと置いていったのか、落としたのかはわからないが、なぜそんなものを持ち歩いていたのか、死者が誰なのかも不明。従業員や元タレントの関係者などに聞き込みをすれば、大人たちの欲望の生贄になった子どもたちの悲惨な状態が明らかになり、あらゆる意味で胸が悪くなる状況である。

 さらにその翌々日には、県内で白昼堂々、女子中学生たちが刃物をもった何者かに襲われ、死傷者が出る事件が発生。現場の指紋から、両事件の関連が結び付けられ、浮かび上がってきた容疑者は、13年前に起きた無理心中事件の生き残りと判明。ここまでで、全体の3分の1にも至っていない。怒涛の展開に、読む手を止められる人がいるだろうか。

 事件を追うのは捜査一課の和井田。そして、元家裁調査官の白石。『虜囚の犬』(KADOKAWA)でも主人公をつとめたふたりである。容疑者である椎野千草は、10代のころにある罪に問われ、白石が担当した少女なのだが、母親ときょうだいを父親に殺された彼女は、誰よりも人の命を奪う罪の重さを知っている。犯人であるはずがない、と和井田とは別の角度から事件の真相を探っていくのだが、ふたりの知らない事実が我々読者には与えられている。それは、名前もわからない女性の家の屋根裏に住み着く“影”の存在。その“影”が大事に持ち続けているものこそ、死蝋だということ。いったい“影”とは誰なのか。第三、四と起きる事件にどのように関わってくるのか――。

 和井田の捜査と白石の調査によって、事件の影には多くの子どもたちが関わっていることがわかっていく。親に愛されることを知らず、守ってもらえる大人もなく、おぞましい行為によって心を壊し、あるいはみずから命を絶った子どもたち。けれど間違いなく被害者であるはずの彼らが、心を亡くしているからこそ生まれた残虐性を、別の誰かに向けた時点で加害者となる。罰しなくてはならない、と同時に救わなくてはならない彼らに、ふたりはどう向き合っていくのか。何に希望を見出そうとするのか。最後の1行まで気の抜けない、社会派猟奇小説である。

文=立花もも

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