ブレイディみかこ氏、最新刊は“ド根性エッセイ”。日常に起こる「予想外」をガッツと笑いで楽しむ
PR 公開日:2024/7/15
2019年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)の大ヒットで一躍時の人となり、イギリス・ブライトンから私たちに刺激を与え続けてくれる人気コラムニスト&エッセイストのブレイディみかこさん。階級社会イギリスの、主に労働者階級のリアルを伝えてくれる。その「地べたのまなざし」は、同じ島国でありながら地理的距離も手伝ってのんびりしている私たちの日常に、大いなる気づきを与えてくれる。そんなブレイディさんの待望の新刊がこのほど登場。『婦人公論』「婦人公論.jp」(いずれも中央公論新社)での連載エッセイが『転がる珠玉のように』として単行本化された(連載は『婦人公論』で現在も継続中)。
一冊にまとめられたのは2021年2月から2024年3月までの連載分で、最初こそイギリスはがっつりコロナのロックダウン中。これまでもコロナ禍のイギリス社会の様子(例えばエッセンシャルワーカーの奮闘、そして彼らへの社会から向けられる敬意など)は折に触れ書いてきたブレイディさんだが、本作はより「一生活者としてパーソナルな心情」が素直に吐露されているのが印象的だ。イギリスのロックダウンは日本とは厳しさがかなり違い(用もないのに外出すると逮捕される危険もあったという)、そうした厳しく閉ざされた日常を乗り越え、彼女が何を感じ、何を思い、それでも前を向いて生きようとするリアルな本音が記されているのだ。
繰り返されるロックダウンで鬱になりかけたり、息子の学校のオンライン面談で先生たちの意外な素顔に息子の話そっちのけで和んだり、不摂生の極みだったオヤジたちが「自分の身体こそ資本」とばかり健康自慢に走る姿に失笑したり…ブレイディさんの語る日常は、いわゆる「下町気質」に溢れていて実に人間くさい。王室が続いていたり、ビートルズに代表されるロックレジェンドを生み出した地だったりするだけに、とかくイギリスという国に「憧れ」のような感情を持つ日本人も多いが、そんな心持ちにドカンと「生きる実感」というリアリティを突きつけてくれるインパクトは平常運転。
さらにはいくつもの「別れ」も描かれ、静かにしみる。生活が変わってイギリスを離れていった人もいるが、永遠の別れを告げた人も――コロナで「死」が身近になった世界の中で、やはり身近な人との別れはたまらない。あくまでも彼女の感情は静かに描かれるが、だからこそ共感し安心する人もいるだろう。
本書のタイトル『転がる珠玉のように』の「珠玉」は、息子さんから贈られたTシャツに「Life is rocky when you’re a gem」とあったことにちなむという。この「gem」という言葉は慣用句のように餞の言葉として贈られるそうで、英和辞典によれば「珠玉」。この言葉にこだわって色々思考を巡らせ「長々とぼやいてきたが、実際にはgemというのは『いい人』ぐらいの意味で、特に目立たない人を褒めるときに便利な言葉だ。(中略)つまり、世界は珠玉だらけってわけ。世界は珠玉でできている」とブレイディさん。そう、このエッセイ集で語られるのは決して大きな事件や問題ではない(強いていうなら女王陛下の葬儀くらいだ)。でも目を凝らせば「生きる」実感は自分の身の回りからじゅうぶん得られる。本書が与えてくれるのは、そんな気づきかもしれない。
文=荒井理恵