独裁政権の内戦下、呪術で死者を操る少女。戦禍に揺れる人々を描くエンターテインメント長編『邪行のビビウ』
公開日:2024/7/22
『邪行のビビウ』(東山彰良/中央公論新社)は、内戦下に生きる人々の人生と魂を描いた物語であり、読者を没頭させる最高峰のエンターテインメント作品である。
独裁者による強権支配が続くベラシア連邦のルガレ自治州では、古くから「自分の足で家を出たら、自分の足で帰れ」という教えがある。では、家から遠く離れた場所で不運な死を遂げてしまった場合、どうすればいいのか。
本書に登場する“邪行師”は、呪術によって死者を歩かせ、自分の足で家に帰らせることを生業とする。邪行師であった亡き母の血を継ぎ、同職に就く大叔父のもとで育てられた少女・ビビウは、自身も若くして邪行師となった。長い黒衣をまとい、内戦下で増加し続ける死者を引き連れ、鈴を鳴らしながら夜を歩く。政府軍と反乱軍の間に彼女が立ったとき、戦禍に揺れる複数の人生が交錯し、物語が動き出す。
本書の魅力として挙げたいのは、リアリティと共感性だ。死者を歩かせる邪行師という一見現実離れした存在を主軸に置きつつも、独裁政権の構造や内戦の情景を緻密に描くことで、生々しい手触りを読者に与えている。
それだけでなく、作中には日本をはじめとした実在する国々の歴史や文化がたびたび登場する。主人公・ビビウの名も、実はある日本語に由来したものだ。また、登場人物たちは、はたから見れば謎に包まれた邪行師であったり、冷血な軍人であったり、独裁政権に与する悪人であったりするのだが、その内面や過去をたどれば、そこには誰しもが知る惑いや葛藤がある。どの立場にあれ、どんな言動や行動を取る者であれ、みな等しく悩める人間なのだと見せつけられる。
随所にちりばめられたそうしたあらゆるリアリティと人々を共感させる力が、遠い国の不条理を自分ごとへと変えていく。実際、私は読書中「ベラシア連邦は実在する」と錯覚していた。だからこそ、生死が曖昧に溶け合う独裁政権下で、自由や幸福のありようを模索する人々の内面の吐露が、自らの心と共鳴する。
東山彰良氏は、これまで数多くの素晴らしい作品を世に届けてきた。複数の語り手が壮大なひとつの物語を紡いでいく構成、社会問題を背景に敷きつつ大衆文学として強い魅力を放つ設定、そして根幹に流れる哲学と思想。これらの組み合わせから生まれるシナジーは、圧倒的な読書体験を生み出す。『邪行のビビウ』は、まさにこの東山氏ならではのシナジーを最大限に引き出した作品だと感じた。
最後に、本書を読み終えたときのことを書き添えておく。しばらく呆然としたまま、動けなかった。耳の奥で清らかな鈴の音が鳴り響いていた。ビビウの選択を、この鈴の音を、私は忘れることはないだろう。これほどの余韻を与えてくれる1冊に出逢えたことを、心から嬉しく思う。
文=宿木雪樹