大沢在昌、伝説のデビュー長編が復刊!命懸けでもがく若き主人公に、20代だった作者の小説への情熱が重なる
PR 公開日:2024/7/11
大沢在昌氏が、小説推理新人賞を受賞したデビュー作『感傷の街角』。その主人公が活躍する「佐久間公シリーズ」の長編第一弾が、1980年に刊行された『標的走路』だ。大沢ファンの間では、「伝説の長編」といわれ、数十年前には古本が10万円以上の高価で取引されたこともある作品がこのたび、「新装版」として文庫で復活。これを皮切りに佐久間公シリーズの文庫版が、4ヵ月連続で刊行される。
『標的走路』は、法律事務所の失踪人調査人として働く男・佐久間公の車に、爆弾が仕掛けられたエピソードから幕を開ける。過去の仕事が原因で何者かに命を狙われていると悟りつつ、公は、事務所で新たな失踪事件の調査を引き受ける。それは、銀行頭取の令嬢からの、中東出身の大学生の恋人を探してほしいという依頼だった。時を同じくして公は、悪友・沢辺の紹介で、失踪した若いジャズバーのボーイの行方も追うことに。ふたりの青年の足跡を探るうちに公は、国家と日本経済、産油国に関わる巨大な陰謀の渦にのまれていく。
2000年の『心では重すぎる』まで続く佐久間公シリーズの初期作品。大学を出て間もない若き日の佐久間公が、標的として追われながら標的を追っていく姿を描くハードボイルド小説だ。物語は、公がツテや足を使って謎に一歩ずつ迫っていく「東京編」と、台風に襲われる山荘での決死の戦いを描く「長野編」から成る。ミステリの高揚感、アクションや心理戦のスリル、軽妙な会話のユーモアも全部のせの、ハードボイルドの帝王・大沢在昌の原点と言える作品だ。
濃厚なストーリーもさることながら、若き佐久間公の魅力も本書の見どころだ。六本木で遊び、ファッション、音楽、酒が好き。モテそうだが実は恋人に一途。フットワークの軽さと頭脳、警察幹部や元軍人とも対等にわたり合う度胸を併せ持った公の一挙手一投足からは、目が離せない。その一方で、冷静な公がたまに見せる青臭い迷いやスキがチャーミングで、事件を通じて変化していく彼の姿も眩しい。血が流れる硬派なハードボイルドでありながら、ひとりの若者の戦いを描く青春小説としてのみずみずしさも併せ持つ、不思議な作品だ。
報酬や名誉のためではなく、純粋な探求心と使命感に駆られて命を懸ける公の姿は、当時20代だった大沢在昌氏の小説に対する情熱と重なるように思える。そういう意味でも本作は、著者の初期作品には触れたことがないハードボイルドファンにとって必修科目と言ってもいいだろう。また本作には、ディスコや当時のポップソングなど、1980年前後を沸かせたカルチャーも数多く登場する。佐久間公と同年代の読者は熱い時代に思いを馳せ、当時を知らない世代は大いに刺激を受けるはずだ。この夏、楽しみたい、パッションとエネルギーに満ちた1冊。
文=川辺美希