現代を生きる菅原道真の日常を綴る、ほっこり和風ファンタジー『天神さまの花いちもんめ』
PR 公開日:2024/7/16
日本の八百万の神々には種類が2つある。1つは、神話の時代から存在している神。たとえば国を生んだとされる伊邪那岐と伊邪那美をはじめとして、その子どもの天照大御神に月夜見尊、素戔嗚尊などだ。もう1つは、もとは人間だったのが死後、神様へと出世(?)した存在。こちらもまた「権現様」と呼ばれる徳川家康はじめ多くの神々がいる。
本書『天神さまの花いちもんめ』(嗣人/産業編集センター)の主人公、菅原道真もそのひとり。学問の神様として全国の天満宮で祀られており、受験生にはおなじみの存在だ。作者の嗣人氏は、デビュー作『夜行堂奇譚』(産業編集センター)が瞬く間に人気を集めた怪異小説ジャンルの気鋭の書き手である。シリアスな色合いが濃い『夜行堂奇譚』とは対照的に、本作はとても朗らか、かつユーモラスだ。
舞台は現代の日本。天満宮の総本社である太宰府天満宮の近くにある古びたアパートに住む菅原道真は、神社を訪れる参拝客を日々見守ることを日課としている。人間界での肩書きは、非営利団体「八百万」の職員だ。
その日常は、のんびりしているようでいて意外と忙しい。受験シーズンには、おびただしい数の受験生たちの合格祈願を受けとめ、氏子の悩みや困りごとに心を痛める。春は新入社員よろしく、神々によるお花見の場所取りに駆りだされ、夏はエアコンの買い替えにキャンプへの参加、秋は出雲大社に全国の神様が集う「縁結び」の大会議に出席。そして神々にとって最も多忙な年末年始が控える冬がやってくる……。
春夏秋冬、1つの季節ごとに2つのエピソードを収録し、道真と彼を取り巻く神々の日常がやわらかな筆致で展開する。親友ならぬ“神友”のえびす神や、頼りになるご隠居さん的存在の宇迦之御魂神、さっそうとした佇まいがカッコいい神功皇后など、人の姿をした神々がごく自然に福岡の街なかを歩いているのがなんとも楽しい。
太宰府天満宮といった観光名所だけでなく、図書館や天神中央公園、新天町商店街など、福岡の街並みがこまやかに活写されているのも特徴だ。福岡県在住の作者なだけあり、この街の空気感や情景が生活者の視点から生き生きと伝わってくる。
締めくくりとなる最終章では、道真が神となる前の人間であった頃の最晩年の姿が描かれるが、作品の雰囲気ががらりと変わってどきりとさせられる。間違いなく読み所の一つなので、ぜひ味わっていただきたい。
優しくてあたたかく、ちょっぴりせつない読後感がいつまでも心に残る神様ファンタジーだ。『夜行堂奇譚』同様に、ぜひシリーズ化を希望したい。
文=皆川ちか