文庫化で話題騒然『百年の孤独』 刊行から50年なぜいま文庫化なのか?担当編集者に聞く
更新日:2024/7/24
遂に世界文学の“世界”を拡げたと言われるガブリエル・ガルシア=マルケスによる長編小説『百年の孤独』が文庫化された。
1972年に新潮社から日本語版が刊行されてから全集などの刊行はあったものの半世紀ものあいだ文庫化されていないことで伝説を纏った本作。
そして6月26日に文庫版が発売されるやいなや、書店では品切れが続出、紀伊國屋新宿本店ではたった6日間で文庫の月間売り上げ1位を叩き出し、発売日に初版だと思って買ったら既に2刷だったとか、翌日には文字通り「たちまち重版」でたちまち3刷と大盛り上がりとなっている。
そこで『百年の孤独』の文庫を担当した新潮社文庫出版部の菊池亮氏に、本作の魅力からなぜ文庫化に50年もかかったのかなど話を聞いた。
インタビュー・構成=すずきたけし
文庫化が話題になったきっかけ
― いまや伝説的な文学作品として語り継がれているガルシア=マルケスの『百年の孤独』が遂に文庫化となりました。この作品が文庫化されることは昨年末に本の雑誌社から発売された『おすすめ文庫王国2024』での新潮文庫の刊行ラインナップでサラっと文庫化について触れていたところでザワつきはじめたようですが。
菊池 SNSですごく話題になったんですが、正直に言うと我々としては「え?」という感じだったんですよ。「あ、これはちょっと真面目にやらないとマズい」と(笑)。
― そこまで話題になるとは思ってなかったと。
菊池 意外なくらい話題になりました。ですが、そこからは重責を担ったと思い直して刊行計画を立て、4月1日には正式に文庫版の発売日を発表しました。
『百年の孤独』はどんな話なのか
― 1972年に単行本として新潮社から刊行された『百年の孤独』は2006年に全集版が出たものの、長らく文庫になっていなかったということで今回はそのあたりもぜひお聞きしたいのですが、まずは文庫になるだけでそこまで話題になる『百年の孤独』とはいったいどのような作品なのでしょうか
菊池 『百年の孤独』はブエンディアという一族の物語で、ホセ・アルカディオ・ブエンディアとウルスラ・イグアランという若い夫婦が生地の村を出て彷徨しつつ、マコンドという土地に定着し、そこでの百年におよぶ物語です。
― 本国で『百年の孤独』が発売された時の反響はどのようなものだったのでしょうか
菊池 『百年の孤独』はガブリエル・ガルシア=マルケスの最初の長編で、それまでにも短篇をいくつか発表していたわけですけれど、1967年に彼が39歳のときにアルゼンチンの出版社から出版されました。当時のラテンアメリカ文学の世界ではこれから世界に出ていく作家と目されていたかもしれないですが、世界的に言えば第三世界の名も知れぬ作家だったわけです。
ところが、アルゼンチンで本書が発売になると、著者が「ソーセージのように売れた」と証言するくらい飛ぶように売れたそうです。そこにジョナサン・ケープという英語圏の出版社が目をつけて、ガルシア=マルケスを中心とした「ラテンアメリカ文学」という大きなブームを作れるに違いないと考えたらしいのです。
― 発売された60年代といえば冷戦のただ中であり、世界的に社会運動が盛り上がっていた時代ですが、そうした時代背景もヒットの要因だったのでしょうか
菊池 本書が出版された1967年は、ガルシア=マルケスと同時代人であるキューバのチェ・ゲバラが殺された年でもあるんです。当時の南米大陸はアメリカとソ連による冷戦の代理戦争の舞台になっていたわけですが、『百年の孤独』はそうした時代に書かれ、読まれた作品でした。自分の生地の何でもない村で起こる一族の物語を、このように描いて面白く書けるのかと、ヨーロッパやアメリカ以外の、第三世界の国々の多くの作家たちが勇気づけられたと思います。
世界的ヒットの背景と日本での反響
― 日本では1972年に新潮社から翻訳版が刊行されていますが、日本国内での本書の反応はどのようなものでしたか
菊池 最初はかなり苦戦したらしいんです。初版は4000部だったのですが、これを売り切るのに丸5年かかっています。世界的に読まれるようになったのを受けて少しずつ売れ始め、82年のノーベル文学賞受賞とともにがらっと状況が変わり、数字で言えば現在までに30万部売れています。
国内での影響といえば、タイトルからも明らかなように中上健次さんの『千年の愉楽』(河出文庫)という作品に代表されるわけですけれど、大江健三郎さんや井上ひさしさんなど、土地に根差した小説、ローカルな物語をローカルなまま差し出し、近代的な合理主義から縁遠いような書き方をしていいのだと、多くの作家を勇気づけた作品でもあります。
― 近代的な合理主義といえば、本書を語る際に必ず登場するマジック・リアリズムというについてもお聞きしたいのですが、非合理な現実を表すマジック・リアリズムが近代的な合理主義を基にした資本主義や権力に対して異議申し立てになっているという解釈が『百年の孤独』が当時支持された理由のひとつとしてあったのではないかと思いました。
菊池 ヨーロッパ、アメリカ、あるいは西側諸国を中心にした世界への異議申し立てという色彩は、結果的にはあったかもしれません。ガルシア=マルケスがそういうことを真剣に考えて書いていたかというと、ちょっと別ですけれど、チェ・ゲバラと完全に同時代の人間が書いた作品ということを考えると、そういうことを彼が感じながら書いていたのはごく自然なことだったんじゃないのかなと思います。この作品はいろいろな見方がありますけれど、私は戦争文学という側面があると思っています。
菊池 マルケスは様々な事情があって祖父母に育てられたのですが、その祖父が従軍した千日戦争(1899年から1902年の約3年間続いたコロンビアの内戦)が本作の大きなモチーフとなっていると思います。千日戦争やコロンビアの内戦は冷戦とはまた異なり、植民地主義に親和的な勢力と独立を目指す勢力との内戦でした。この内戦に従軍した祖父に、マルケスはさまざまな物語を聞かされて育ったわけです。そこには権力に対する、あるいは植民地主義や帝国主義に対するアンチテーゼというのは自然なこととしてあったんじゃないかなという気がします。本書の文体に関しては、祖母が彼に語って聞かせた物語が彼に影響を与えたとされますが、『百年の孤独』は戦争文学のひとつの形なのではないかと思うんです。
本人は「いや、おれはそんな真面目なこと考えて書いてないよ」と言うかもしれませんが、それは読み手の自由に委ねられているとことですよね。
マジック・リアリズムとは
― 著者のガブリエル・ガルシア=マルケスは、それまでヨーロッパと北米、あとは東アジア周辺の文学にしか目を向けてなかった日本において、世界文学の視野を広げた作家と言われていますがなかでも知られているのがマジック・リアリズムというラテンアメリカ文学の代名詞のようなイメージです。この文学での「マジック・リアリズム」について少し教えてください。
菊池 河出文庫の『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』の解説で、編訳者の野谷文昭先生が「一九八四年に来日したオクタビオ・パスが、同乗したタクシーのなかで、ガルシア=マルケスのそれを神話的リアリズム(realismo mítico)と呼んだことを僕はいまだに覚えている」と書いてます。魔術的リアリズムというか神話的リアリズムというかはともかく、あくまでリアリズムの一種であって、社会主義リアリズムに比べればいくらかファンタジックなところはあるにしても、『百年の孤独』はコロンビアの人々の生きる世界をガルシア=マルケスなりに〝リアルに〟描こうとした作品なのではないかなと思っています。ガルシア=マルケスは「私の小説には現実に基づかないことはひとつもない」という言葉と、「文学とは人をからかうための道具だ」という言葉を残していますが、おそらくどちらも正しいのだと思います。
― 実際マルケス本人は普段から嘘をついたりしていたみたいで、ちょっといたずら好きな感じの人だったようですね。
菊池 要するに「話を面白い方に盛るのが滅法うまいおじさん」なんでしょうね(笑)。息を吐くように面白おかしい話ができる才能に恵まれた人なんだと思います。
― 今回読み返して驚いたことがありまして、20代のころに読んだときと比べて『百年の孤独』を読み返してみたんですが、「あれ?こんなに読みやすい本だったのか?」っていうくらいスラスラと読めてしまって、あの昔のページの重たさはなんだったんだと。
菊池 実は私もまったく同じで、かっこつけて大学時代に買い、読めずに挫折した一人です。文庫化で「君、担当ね」って言われたときにも「やだなぁ、これ昔読めなかったんだよなぁ」とか言っていたくらいで。ところが読み直してみたら滅法面白くて。ですからこれから読まれる方と私はまったく同じ立場なんです(笑)。
― ひっかかるところがなくて、読むのが心地よいくらいでした
菊池 しかつめらしく行間を読む必要がある小説ではないのだろうなっていう感じがするんですよね。冒頭の一文が象徴的ですが、鼓直先生が編み出した独特の日本語も、はまると中毒性がある。
魔訶不思議なことが山ほど起きますが、それがすべて何かを象徴しているというわけではなさそうだし、ただ淡々とおかしなことが起きて、ブツッとまた切れて次の章に移っていくので、真に受けて考え過ぎるよりも、おかしな話を楽しく読んでいけばいいんじゃないのかなと思います。
― 『百年の孤独』の「難しい本だぞ」「読みにくいぞ」という一人歩きしたイメージで構えてしまって、ついつい深読みをしながら読んでしまい力尽きるという(笑)。けど実際読んでみるとそうでもなかったっていうことが驚きでしたね。
菊池 今回の文庫版を読んだ人がそうなるといいなと思います。「ちょっと我慢して読んだらとてもよかった」となってくれるのが一番素敵なシナリオですよね。最後の最後の一文で巨大な感動が待っているのはお約束できます。
なぜ半世紀ものあいだ文庫化されなかったのか
― そんな『百年の孤独』がなぜ50年も文庫化されなかったんでしょうか。
菊池 我々にも多少言い分がありまして(笑)。まず『百年の孤独』と同じ年に出た日本の作家の単行本が、いつ文庫になったのか調べると、最長で13年後ぐらいだったりするんです。
― 2、3年で文庫化される現在と比べるとだいぶ長いですね。
菊池 開高健さんの『夏の闇』は『百年の孤独』と同じ年に刊行されたのですが、文庫化されたのは11年後。当時はそれくらい文庫化される作品は稀少で、なかなか文庫にしなかったということが一つあります。
― 文庫の役割が当時と今ではかなり違いますよね。
菊池 そうだと思います。よく中公新書を一冊書くと家が建つみたいな言い方をしますけど、文庫もそういうようなところがあったのではないかと思います。
― 文庫の書き下ろしも当時はなかったですし。
菊池 我々としては50年間ずっと放置していたというわけではなく、そもそもそんなに簡単に文庫化するものではなかったですし、海外の契約習慣の関係もありましたし、とにかくはじめは売れなかった。そうこうしているうちに50年たってしまったというのが正直なところです。
―では今年2024年に文庫化を決めたのはどのような理由からなのですか。
菊池 今年はマルケスが亡くなって10年の節目の年です。瀬戸内寂聴先生は自戒の念をこめて「作家なんて死んだら翌年から本屋さんから返品されるのよ」ということをおっしゃっていたそうですが、作家が逝去しても作品を永遠のものとするのが版元の大事な務めのひとつです。そのために今年文庫化しました。NETFLIXで映像化されることも念頭にありました。映像作品と原作を見比べる楽しさをご提供したいと思いました。
― 文庫化に際してちょっと苦労をしたことはありましたか。
菊池 装幀のプレッシャーは大きかったですね。とにかく期待が大きかったですから。2006年の全集のデザインは抑制的でシンプルなものだったのですが、あれはあくまで全集の一部です。文庫版はとてもゴージャスなものにしましたが、全集版とはイメージがかなり異なるものになったので少し心配でした。蓋を開けてみたら多くの方に褒めていただけました。
― 今回の文庫版には鼓直さんの訳者あとがきと筒井康隆さんの解説が収録されています。
菊池 鼓先生による学問的な解説とあわせて、この作品から多くのものを受けとった小説家に書いていただきたいと思っていたところ、筒井康隆先生にお引き受けいただけました。
― 文庫化にあたって他に特別なことはありますか。
菊池 池澤夏樹さん監修の「読み解き支援キット」という小冊子のようなものを作りました。池澤さんの『ブッキッシュな世界像』(白水社)や『世界文学を読みほどく』(現在増補版が新潮選書より発売中)に収録されたものなのですが、挫折組の一人として、完走の役に立つものを用意できないかと思って池澤先生にお願いし、御快諾いただいて作成しました。前半の主役といっていいアウレリャノ・ブエンディア大佐という人物には、アウレリャノという名前の17人の子どもが生まれるんですが、読み解き支援キットの家系図では実際に17人並べたりして、遊びながら作らせていただきました。『百年の孤独』はそんなふうに遊び心をもって読んでいい作品なんじゃないのかなと思っています。戦争文学ということを時々思い出していただきつつ。
「『百年の孤独』読み解き支援キット」は新潮社ホームページからダウンロードできる
これから『百年の孤独』を読む人へ
― 文庫化で本作を初めて知った人や、名前は知ってたけど文庫なら読んでみようかと思っている人もいると思います。そんな人たちに『百年の孤独』をおすすめする一言がありましたらお願いします。
菊池 伝説的な作品であること、マジックなのかリアルなのかよくわからない書き方で尾ヒレがついている作品だということは忘れてもらって、面白い小さなお話が延々と続いていくので、ニコニコ笑いながら構えずに読んで欲しいと思っています。
― 話を盛るのが上手なおじさんの愉快なお話を聴くように。
菊池 そう。そして最後まで読むとなんともいえない深い感動が押し寄せる作品です。
ガブリエル・ガルシア=マルケス
Gabriel García Márquez
(1927-2014)コロンビア、アラカタカ生まれ。ボゴタ大学法学部を中退し、新聞記者となって欧州各地を転々とした後、1955年に処女作『落葉』を発表。1967年『百年の孤独』によって一躍世界が注目する作家となった。『族長の秋』『予告された殺人の記録』『コレラの時代の愛』『迷宮の将軍』など次々と歴史的傑作を刊行し、1982年にはノーベル文学賞を受賞した。