ダウンタウンに通じる「笑い」の技術。カート・ヴォネガット『タイタンの妖女』を考察/斉藤紳士のガチ文学レビュー⑩
公開日:2024/7/29
小説家でありながら常に「笑い」を意識していた男、それがカート・ヴォネガットである。
彼は自著の中でこう発言している。
「唯一私がやりたかったのは、人々に笑いという救いを与えることだ。ユーモアには人の心を楽にする力がある。アスピリンのようなものだ。百年後、人類がまだ笑っていたら、私はきっとうれしいと思う。」
そんな彼が遺したSFの最高傑作が「タイタンの妖女」だ。
どんな話か? と問われたらとても難しい。
SFファンからは「これはSFではない」と言われ、読書家の間でも「よくわからない小説」と言われてしまう。
それが「タイタンの妖女」である。
とても難解な作品なのか、と言われれば確かに難解ではある。
ただ、それはやや人をおちょくったような難解さなのである。
それはヴォネガットの哲学に依るところが大きい。
彼の「偉大な文学作品はすべて、人間であるということが、いかに愚かなことであるかについて書かれている(だれかにそう言ってもらうと、心からほっとするはずだ)。」という考えから生まれた難解さなのだろうと思う。
何の説明も挟まずに「タイタンの妖女」のあらすじを説明しても、おそらく何も伝わらないだろう。
いや、正直に言うと二十回以上は通読したであろう僕自身も正確にすべてを理解しているわけではない。
でも、その「理解しがたい部分」がこの作品の魅力のひとつでもある。
主人公はマラカイ・コンスタント。彼はアメリカ随一の大富豪だったが凋落してしまう。そして記憶を失った火星軍の兵卒「アンク」となる。
もう一人の主人公といえるのがウィンストン・ナイルズ・ラムファードである。
彼は「時間等曲率漏斗(クロノ・シンクラスティック・インファンディブラム)」に囚われたことで波動化し、人類の過去と未来を知る。
この「時間等曲率漏斗」とは宇宙に存在する特異点であり、この「漏斗」のある場所には、過去・現在・未来のあらゆる真理が波動として記録されている。
これによりラムファードは時間や時空を自由自在に移動できるようになった。
そんなラムファード氏がその愛犬(カザック)と共に、ラムファード邸で実体化しようとしているところから話は始まる。
59日に一度行われる実体化。その実体化の見学に、ラムファード夫人であるビアトリスは全米一の大富豪であるコンスタントを招待する。
実体化したラムファードとコンスタントは握手を交わし、ラムファードは数々の予言をする。
彼の妻とコンスタントが番わせられること、二人の間にクロノという息子が生まれること、コンスタントはタイタンに行くが、その前に火星と水星、そしてもう一度地球に戻りそこからタイタンへ向かうこと、クロノは火星では小さな金属片を拾い、それを《幸運のお守り》と名づけることなどを話し、ラムファード氏はゆっくりと消える。
そしてその予言の通りに事は進む。
火星→水星(ここで友人ストーニーを処刑してしまう)→地球と移動した後、ビアトリスと息子のクロノとタイタンへ向かった。
タイタンは太陽系唯一の大気を備えた月であり、地球よりも高度な文明を持った生物がいた。名前はサロ。
ラムファードはサロに「友達ごっこはやめよう」と言う。サロは「わたしは君にUWTB(そうなろうとする万有意志)を半分あげたじゃないか」と反駁する。
ラムファードはさらに「この犬と私が宇宙空間にふっ飛ぶ前に君が運んでいるメッセージの内容を知りたい」と言う。
サロはトラルファマドール星からあるメッセージを持ち運んでいたのだ。
このあたりまで読むともう感覚が麻痺しているかもしれないが、要するにこの作品「ずっと何言ってんの?」という話である。
コントのジャンルのひとつに「いかにもありそうな用語を駆使してずっとそれっぽい事を言っていく」というのがある。
代表例がダウンタウンの「匠を訪ねて」というコントだろう。
テレビの取材班が古民家を訪ねるとそこにはいかにもそれっぽい木箱に藁を巻きつけた工芸品っぽいものが置かれている。
師匠っぽい人が弟子っぽい人と共にその工芸品を作っていて「これを作るまでに十年は修行がいる」とそれっぽい事を言う。
部品の名前を訊かれると『拍子木』とか『ひねりっこちゃん』と答える。
いかにもそれっぽく取材は続くのだが、最後に「ところでこれは何をするための道具なんですか?」と訊くと、「それがワシにもよう分からんねや」と言ってコントは終わる。
『時間等曲率漏斗』『UWTB(そうなろうとする万有意志)』『シュリーマン呼吸法』『ドイツ式三角ベース』
「タイタンの妖女」にはいかにもそれっぽい用語が頻出する。
それを極めて本気で書いているから面白いのである。これほど壮大なコントもないだろう。
ラムファードはこれまで地球人がやったことは15万光年向こうの惑星に住むトラルファマドール星人によって歪められていたこと、そしてその理由はタイタンに不時着したトラルファマドール星人のところへ宇宙船の交換部品を届けさせるためだったことを知り、その部品とはクロノが持っているお守りのことだと言う。
そしてラムファードとカザックは消えてしまう。
ここでサロが持っていたメッセージの内容が明かされるのだがそれは「・」。ただの黒い点がひとつだった。トラルファマドール語に訳すと「よろしく」。
サロはそれを伝えたあと、自らを分解し、自殺する。
コンスタントとビアトリスはタイタンで余生を過ごす。
コンスタントは蘇生されたサロの催眠術によって夢を見ながら死んでいく。
それは無二の親友ストーニーに会う夢だった。
「おれたちはほんとに天国へ行くのかね?」とコンスタントはいった。
「おれにそのわけを聞くんじゃないぜ、相棒」とストーニーはいった。
「だがな、天にいるだれかさんはおまえが気に入ってるんだよ」
荒唐無稽なストーリー、いかにもそれっぽい壮大な設定、そのすべてが実は単純でくだらないボケであり、でもそのくだらなさこそが人生なのだと、ヴォネガットはとぼけた顔で言っているような気がします。
「人生なんてそんな大したものじゃないんだから、あんまりくよくよするなよ」というメッセージが最後のオチのくだらなさ(宇宙船の部品のために運命を左右された地球人やメッセージの内容の薄さ)に表れています。
たくさん笑わせてくれて、たくさん勇気を与えてくれる。
それがカート・ヴォネガットの作品の魅力だと思います。
人生に少し疲れている方、肩の力を抜いて本作を読んでみてはいかがでしょうか。