ハナコ・秋山寛貴の誰にも負けない特技とは?コント愛に満ちたエッセイ集から伝わる、芸人としての矜持と軌跡。〈『人前に立つのは苦手だけど』刊行記念インタビュー〉
公開日:2024/7/24
お笑いトリオ・ハナコの秋山寛貴さんが初めてのエッセイ集『人前に立つのは苦手だけど』を発表しました。エッセイの書き方に戸惑う様子や、家族・親戚のこと、さらに揺るぎなきコント愛について……。さまざまなテーマでつづった13のエッセイが収録されています。その執筆秘話や裏話などをたっぷり振り返ってもらいました。
文章の締め方、結び方が難しかった
―――「小説 野性時代」で連載していたエッセイが書籍化されました。こうして形になった感想はいかがですか?
秋山寛貴(以下、秋山):すごく嬉しいですね。自分のことだけを書いて、それが1冊の本になるというのが初めての経験だったので感無量です。書いている最中は、初心者すぎて「この書き方で正解なのか?」という迷いとか、照れくささが大半を占めていたんですけど。でもこうして文章にすることで、過去の感情や体験をリアルに思い出すことができた。それは本当にありがたかったです。
――初心者と思えないほど、手慣れた感じがあって読みやすい文章でした。いい意味で、気負いがなく、ゆるやかな筆致が魅力です。
秋山:それはよかったです。成功ですね(笑)。「俺、エッセイ書いてやるぜ」「どうだ!」みたいに、前のめりになっていないか、常に心配だったので。自然体に見せていますが、内心はかなりビビりながら書いていたんですよ。
――とくにどんなところが難しかったですか?
秋山:文章の結び方ですね。読者に「はいはい、このパターンね」「こいつ2パターンくらいしか持ってないじゃん!」などと思われていないか心配で(笑)。残り1段落くらいになると、「どんな風に終わらせようかな……」「前とは違うパターンで締めなきゃ」と、いつも考えていた気がします。
――そんなとき、何か参考にしましたか?
秋山:スポーツ・芸能系の記事って、結び方に工夫があるじゃないですか? そういうのをスマホにメモしておくことはありましたね。最近だと、あるスポーツ選手のゴシップ記事が、うまいことダジャレで締めてあって、「最後の一文を思いついたから、この記事を書いたんじゃないか?」と思ったほど。でも、それに関してはエッセイの参考にしたというよりも、「ニュース記事を誰が一番、うまく締められるか大喜利」みたいなお笑いの企画にできるんじゃないか、と。なんでもお笑いに結びつけてしまうのは職業病かもしれませんね(笑)。
――電子版のあとがきでは、「校正」について初めて知ったと書かれています。校正とは、誤字脱字や文法の誤りなどを修正指示する編集用語のこと。連載中は、編集者から校正用紙が戻ってくるのが励みになったそうですね。
秋山:はい、まるで赤ペン先生のようでした。修正指示とともに、「クスッと笑ってしまいました」「秋山さんぽい表現でいいと思います!」など、手書きの感想が書いてあって、それがとにかく嬉しくて。「このまま書き続けていていいんだ」という勇気にもなりました。電子版を選んでくださった方は、あとがきもぜひチェックしてみてください。
人の話を聞くときはしっかり目を見る
――印象的なエピソードがたくさんありました。「築地市場に育てられた」は、若手時代のアルバイトがテーマです。
秋山:築地市場の方たちはみんなキャラが濃かったですね。僕は塩屋の帳場で働いていたんですが、毎日ハイテンションでやってきたり、ダジャレを交えて注文したりする常連さんがいて(笑)。そんな濃く楽しかった日々をつづりました。
――人情ドラマみたいな雰囲気でした。秋山さんの愛されキャラぶりも伝わってきました。
秋山:ありがたいですね。童顔の見た目に助けられているのもあると思いますが、学生時代から、目上の方にかわいがってもらいやすかった気がします。理由は、なんでしょうね。ちゃんと話を聞いている風だからじゃないですかね? 根が真面目なので人の話を聞かないのは失礼だと思い、授業中、一度も寝たことはありません。と言っても、真剣に授業を聞いていたわけではなく、落書きしたり、空想したりでしたけど(笑)。
そういえば、塩屋の社長が話をしているときも、しっかり目を見て聞いていました。そのおかげか「いつも一生懸命、頑張っているな」と褒めてくれて、僕にだけこっそりお弁当をくれることもありましたね。
――優しいですね。
秋山:築地で働いている芸人も多かったので、シフトや働き方にはすごく理解があったと思います。岡部が働いていた寿司屋の大将と女将さんにもすごくお世話になりました。ライブを見に来てくれて、いつも花を出してくれて。それはハナコの人気が出てきて、花の数が増えるまで続きました。「もう、大丈夫ね」と。売れていく過程をそっと見守って応援してくれたんです。本当に優しいし、粋ですよね。築地にはまだまだ面白いエピソードがたくさんあるので、機会があれば書いてみたいと思います。
――「いらっしゃいませを振り絞る」は、秋山さんの故郷・岡山県岡山市にある高松最上稲荷が舞台です。お父さんの土産屋さんの隣で、叔母さん(通称:たいばあ)がたい焼き屋を営んでいらっしゃるんですよね。
秋山:両親が共働きだったので、小学生の頃は倉敷にある母方の祖父母の家に預けられたり、父に連れられて最上稲荷の土産屋にいたりすることが多かったんです。周りのお店の方々にもよくしていただきましたが、とくに、たいばあにはかわいがってもらいましたね。
――秋山さんがお店に行けば、永久に無償でたい焼きが食べられるんですよね。
秋山:そうです、そうです。たい焼き界最強の優遇です(笑)。
――お正月には家族総出で店の手伝いをするのが恒例だったとか。でも芸人として売れたことで、手伝いに行けなくなってしまった――。その嬉しさと寂しさがつづられています。
秋山:シャイで緊張しいだった子どもの頃の僕は「いらっしゃいませ」と言うのが恥ずかしくて、声が小さくなっていました。「店番なんてやりたくない!」なんて言えず、「できる範囲でやらせてもらいますね……」と。僕の引っ込み思案な性格を表している出来事だと思います(笑)。でもなんだかんだ、お店にいるのは好きでしたね。とくに参拝客で賑わうお正月の店番は楽しくて。ありがたいことに、ハナコとして正月特番などに出演させてもらう機会が増え、手伝いに行けなくなってしまいましたが、最上稲荷で過ごした日々は忘れられない思い出です。
――最近、帰省できていますか?
秋山:なかなかゆっくり帰れなくて残念ですが、2019年の節分に最上稲荷の豆まき式のゲストとして、ハナコが呼んでもらえたんです。最高の凱旋となりました。そのとき、たいばあにも久しぶりに会えて嬉しかったですね。
――家族や親戚のエピソードも多く、秋山さんがどのような人たちに囲まれて育ってきたかもわかり興味深いです。お父さんはナイスキャラですよね。
秋山:人前に立つのが苦手な僕と違って、父は人前に出るのが大好き。元々、芸人になりたかったみたいなんです。3年くらい前には、素人の知らないおばさんとコンビを組んでM-1グランプリに出場していました。ネタを少し見せてもらったけど、ヤバかった! 親がボケたり突っ込んだりする姿なんて、恥ずかしくて見てられませんでした(笑)。
――そんな面白いエピソードがあったのに、なぜエッセイに書かなかったんですか?
秋山:書くと父が喜ぶのであえて外しました。なにせ、目立ちたがり屋なので(笑)。
「コントが好き」。その思いでここまでやってきた
――本書は、ハナコのコントについて書いた「怪我をするほどコントが好き」で始まります。そして、最後に収録された書き下ろしの「なんやかんやで四百本」は、ハナコを結成した2014年から今日に至るまでに作ったコントについてつづられています。
秋山:ふとこの約10年で、一体どれくらいのコントを作ってきたんだろう……と思い、それを書いてみることにしたんです。それがタイトルにもなっていて、約400本ありました。こんなに作ったんだ! と自分でも驚いたほど。初期の頃に作ったコントには、菊田と僕だけでやりとりしているところへ、途中から岡部が加わって展開していくというものがいくつかあります。コンビからトリオになった際に、2人から3人用に作り直したものです。
――そのひとつである「おじさん虫」は、ABCお笑いグランプリの決勝に進んだコントですよね。
秋山:はい。コンビ時代に光らなかったネタが、トリオ用に生まれ変わり、さらに評価されたのは嬉しかったですね。そういうことを思い出しながら書いていたら楽しくなってきて、「これならいくらでも書けるぞ!」と。でも「こんなにコントの内容ばかり書いて、読む人は面白いかな?」と心配になったので、途中からは詳細を端折ってパパッとまとめたんです。
――「キングオブコント」で優勝したネタ「つかまえて」が生まれたキッカケをはじめ、ハナコのファンなら「ああ、あのネタね!」とわかるコントのエピソードなどもつづられています。ハナコの軌跡がわかると共に、また秋山さんのコント愛が伝わってきます。
秋山:ありがとうございます。エッセイにも書きましたが、お笑い芸人って、とくに若手の頃、オーディションで「テレビで披露できる特技はありますか?」と聞かれることが多いんですよ。特技って、その人の個性が出るし、映像として見せやすい。だから僕も何度も特技を作ろうと挑戦したんですけど、結局、これといったものは見つかりませんでした。でも心の中ではいつも、「いや、僕の特技はコントなんです!」と思っていました。人前に立つのは苦手だけど、「コントが好き」「自分にはコントがある」と思って、ここまでやってきたと思っているので。
――それはしっかりと伝わりました。
秋山:それはよかったです。エッセイを書いたことで、コントが大好きだと再認識できたり、自分ってこういう性格だったのか、と気づけたりもしました。それだけでも書いた甲斐があったと思います。この本を読んでくださった方と話すことで、さらなる気づきがあるんじゃないかと楽しみにしているところです。
取材・文=髙倉ゆこ、撮影=後藤利江
■プロフィール
秋山寛貴(あきやま・ひろき)
1991年岡山県生まれ。ワタナベエンターテインメント所属。2014年、同じくワタナベコメディスクールの12期生だった岡部大、菊田竜大とともにお笑いトリオ・ハナコを結成。「キングオブコント2018」で優勝。「ワタナベお笑いNo.1決定戦2018/2019」2年連続優勝。
NHKドラマ「ラフな生活のススメ」脚本、KADOKAWA『人前に立つのは苦手だけど』エッセイなど、文筆業に幅を広げるほか、文化放送『ハナコ秋山寛貴のレコメン!』パーソナリティを務める。