【小西利行】アイデアの出し方が分からない人へ、誰でも真似できる“思考ツール”をまとめた一冊【インタビュー】
更新日:2024/8/12
「伊右衛門」「ザ・プレミアム・モルツ」など数多くの広告制作や商品開発を手掛けてきたコピーライター、クリエイティブ・ディレクターで、POOL inc.代表(2024年7月時点)の小西利行さん。これまで35年のキャリアで培ってきた“思考ツール”を1冊に凝縮したのが、『すごい思考ツール 壁を突破するための〈100の方程式〉』(文藝春秋)だ。アイデアの考え方が分からない人が多いことに気づいたのが出発点になったという本書に込めた思いや、自身が仕事において大切にしていることを尋ねた。
“できない人”だったからこそ、「誰にでも真似できる」ものに
――小西さんの肩書きとしては「クリエイティブ・ディレクター」ですが、どんなことをする人なのか、イメージしづらい人も多いかと思います。
小西利行さん(以下、小西):説明するのが難しいんですけど、よくたとえられるのは“指揮者”や“医者”で、僕はどちらかと言うと“船頭”かなと思っていて。ご依頼を頂くクライアントさんが抱えている課題というのは、明確な課題設定ができていないことが多いんですね。プロジェクトという船にいろいろな人が乗っていて、それぞれが行きたい場所に行きたがる。だから、関わっている方々に話を聞いて、課題を解決するために「皆さん、こちらの方向に漕ぐといいですよ」と示すような役割です。商品開発や企業ブランディング、都市開発とケースはさまざまですが、少なくともクリエイティブの領域では、“船頭”としてみんなが迷わないように方向性を示すのが僕の役目ですね。
――本書は、35年間の経験で培われてきた「100の思考ツール」を紹介するものですが、執筆のきっかけは何だったのでしょうか?
小西:これまでにも何冊か本を出してはいるんですが、ここで一度、今までに自分が培ったものを総括してみたいと思ったんです。そこで、自分の中で大切にしている考え方や、先輩に頂いた言葉を100個並べてみて、それを編集者の方に話したら興味を持ってくれたのがきっかけでした。
ある時、若い子と話していて気づいたんですけど、“考え方が分からない”という人が多いんですね。アイデアを考えたいんだけど、どう考えたらいいのか分からない。そこで行き詰まってしまっている。若い人に限らないのですが。そういう人のために、自分が一つ一つ蓄積してきた“思考ツール”をまとめてみたらどうかと思ったんです。
――書店には「アイデア術」「仕事術」といった本が数多く並んでいてどれを選んでいいか迷ってしまいます。本書ならではの特色を挙げるなら、どういったところにありますか?
小西:僕は新卒で入社した広告代理店でコピーライターとして配属されたとき、本当に“できない人”だったんです。その壁にぶち当たった経験を基に、できるだけ誰にでも使えるよう、再現性の高いものにしました。世の中には天才としか言いようのない人もいて、例えば大谷翔平選手がいくらすごくても、真似はできない。その点、この本は誰でも真似して使えるように書いたつもりです。あとはできるだけシンプルに本質的な内容にしたので、読んでいただいたうえで、応用ができるものになっていると思います。
――第1章の「アイデアを生む方程式」では、アイデアを考えるための30個の方法が紹介されていますが、ご自身で最もよく使うものを挙げるならどれでしょうか?
小西:自分でも使いやすいし、ぜひ試してほしいのは、「ホワイトかけ算メモ」ですね。「できること」と「好きなこと」を掛け合わせるだけなので、本当に簡単です。例えば本屋の集客を考えるときに、「できること」として、本屋でできることを考えて、「(ターゲットが)好きなこと」として、世の中で流行っていることを考える。それを組み合わせるだけで、100個くらい簡単にアイデアが浮かびます。
漠然と考えていてもなかなか浮かばないんですけど、こういう方程式を使うと、誰でも考えられるんですね。だからぜひやってみてもらえたらと思います。「アイデアって難しく考えなくていいんだ」って思えるようになりますよ。
――私も記事の企画を考えるときに苦労することが多いのでぜひやってみたいです。また、第2章では「コミュニケーションの方程式」について書かれています。社内外ともに多くの方とコミュニケーションを取られると思いますが、その際に大切にされていることは何でしょうか?
小西:クリエイターって、1人で発想してつくっているイメージを持たれる方も多いと思うんですが、一番重要なのは“聞くこと”なんです。僕よりクライアントの方が課題に対する知識量や、考えている時間は絶対に長い。だからまずは話を聞く。すると、どこかで見落としたり、考えがずれてしまったりしている問題点が見えてくるんです。
加えて、話を聞くときに大切にしているのは、役職と年齢で区別せずフラットに聞くことです。偉いおじさんの意見と、若手社員の意見があったとして、いくら偉い人でも若手の方が良ければそちらを採用する。それは自分の中での約束事ですね。
世の中が幸せになるように、できることを
――これまでのキャリアの中で、数多くの話題作を生み出しています。長きにわたり活躍し続けられてきた原動力となるのは何でしょうか?
小西:難しい質問ですね…。ただ「新しい答えは絶対にある」といつも思っています。これは会心の出来だと思う仕事はたくさんありますけど、それでもまだ違う答えも見つけられたんじゃないか、というか。宝探しをずっと続けているみたいな感覚です。きっとそうやって考えるのが好きなんでしょうね。
――求められるものも次第に大きくなって、プレッシャーもあるのではないでしょうか。
小西:プレッシャーはもちろんあります。仕事を依頼してくれている方には、期待に応えたいですし、恐怖感もあります。プレゼン前なのに考えがまとまらないときとか吐きそうになりながらやってますよ(笑)。周りにもそんなに苦しいことやめたら?って言われるんですけど、頼んでいただいたのに答えを出せないのはプロとして恥ずかしいことだから。そのために必死でやっている感覚ですね。
――そうしたプレッシャーに打ち勝つ術はあるんでしょうか?
小西:プレッシャーは絶対になくならないんです。だったらもうそれを受け入れて、むしろ楽しむ感覚にならないとダメだと思います。プレッシャーがかからない仕事はないから。僕の後ろにはお金を出してくれた人がずらっといますからね(笑)。
――プレッシャーを自分の力に変えるというか。
小西:そうですね。プレッシャーは利用した方がいいと思います。スポーツ選手でも何でも、すごい人たちっていうのはプレッシャーを楽しんで、自分の力にしているんですよね。
――最後にお聞きしたいのですが、仕事を引き受ける基準として、「5年後に自分が死ぬとしてもその仕事を受けたいと思うか」「仕事の大小やクライアントの規模感に関係なく、残りの人生をかけてもいいと思える人と仕事がしたい」と書かれていました。今後、仕事に関してチャレンジしたいことを教えてください。
小西:真面目に仕事をして、すごくいいものをつくっても、世の中に知られていないものって無数にあって、依頼もたくさん頂くんです。そういうものを届けるための力になりたい。世の中がもっと幸せになるために、僕が何かできるんだったら大小関係なくやりたい。地味な答えなんですけど、本当にそれだけですね。
取材・文=堀タツヤ 写真=川口宗道