焼死体のストーカー女の目的は、元彼への復讐…!? 現交際相手を訪ねた配達員は聴取を進める/難問の多い料理店⑤

小説・エッセイ

公開日:2024/8/22

難問の多い料理店』(結城真一郎/集英社)第5回【全6回】

ビーバーイーツ配達員として日銭を稼ぐ大学生の主人公は、注文を受けて向かった怪しげなレストランでオーナーシェフと出会う。彼は虚空のような暗い瞳で「お願いがあるんだけど。報酬は1万円」と噓みたいな儲け話を提案し、あろうことかそれに乗ってしまった。そうして多額の報酬を貰ううちに、どうやらこの店は「ある手法」で探偵業も担っているらしいと気づく。「もし口外したら、命はない」と言うオーナーは、配達員に情報を運ばせることでどんな難問も華麗に解いてしまい――。笑いあり・驚きあり・そして怖さあり…な、新時代ミステリ小説『難問の多い料理店』をお楽しみください!

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難問の多い料理店
『難問の多い料理店』(結城真一郎/集英社)

5

「絶対〝復讐〟のためだよ」

 あかねこと芹沢朱音は、西日に目を細めながらそう吐き捨てた。

「復讐?」思いがけない言葉に首を傾げると、彼女は「そう」と頷いた。

「あの子、涼馬のこと逆恨みして、ストーカーみたいになってたから」

「え?」とんだ新事実ではないか。

「だから、火事になったのを見て思いついたんだよ。ここに飛び込んで死んだら、涼馬は自分のことを一生忘れないって。どれだけ忘れたくとも、忘れようとしても、絶対に――」

 さらに一夜明けた夕刻、時刻は午後四時をちょっとすぎたところ。

 いま僕がいるのは、京王線・明大前駅からすぐの明央大学和泉キャンパス――その一角にあるテニスコートだ。

 昨日、目崎さんから仕入れた情報をもとに、例によって梶原涼馬のインスタを巡回してみると、すぐにお目当ての人物は見つかった。

 芹沢朱音。ご丁寧にもタグ付のうえ、三か月記念とか言ってツーショットが掲載されていたからだ。そのまま芹沢朱音のアカウントにも飛んでみたところ、二人は同じ大学の同じテニスサークル『タイブレイク』に所属する同級生だということがわかった。その『タイブレイク』とやらも公式HPがあり、曰く、月水金はキャンパス内のテニスコートで練習をしているとのことだったので、こうして突撃取材を敢行したわけだ。

 コートに到着してすぐ、後輩らしき男子学生に「芹沢朱音さんと話がしたい」と伝えると、訝しみながらも彼女を呼び出してくれた。

 ――え、なに? まず誰?

 やって来たのは、上下ジャージ姿のどこにでもいる派手な女子学生だった。肩口ほどの髪は鮮やかな金色に染め上げられているが、根元はやや黒くなっている。これから運動をしようという人間とは思えないほどに化粧はばっちり決まっており、流行りの太眉、アイライン強めの大きな目、ぷるんと艶やかなリップと、絵に描いたような量産型JDだ。

 最初は警戒心丸出しの彼女だったが、梶原涼馬の家から焼死体が見つかった件について依頼を受けて調査をしている旨を告げたところ、やや興味を示してくれた。

 ――え、もしや探偵みたいな感じ?

 ――こんな、どこにでもいる大学生みたいな人が?

 余計なお世話だ。

 ――てか、その依頼者ってまさか涼馬のお母さん?

 ――悪いけど、もしそうなら協力はできないから。

 聞き捨てならない台詞だった。なにか折り合いでも悪いのだろうか。とはいえ、母親からの依頼ではないし、協力してもらえないのは純粋に困るので、正直に「お父さんからです」と答える。守秘義務違反という文言が脳裏をよぎったが、別にそういう類いの契約を交わした覚えはないし、正直知ったこっちゃない。

 ――ああ、お父さんね。なら、いいよ。

 ――離婚しても、やっぱり息子想いなんだね。

 優しくて素敵なお父さんだわ、と一人勝手に頷く彼女だったが、その説明には多分に頷ける部分もあった。別の女に乗り換えた元彼への〝復讐〟――これなら、例の「ざまあみろ」発言も割と筋が通りそうだ。

 人知れずほくそ笑む僕をよそに、彼女は立て板に水のごとく喋り続ける。

「たしかに私は涼馬に彼女がいるって知っててアプローチしてたし、まあ、そういう意味では略奪みたいなもんだけどさ、でも、自由恋愛なわけじゃん? さすがにストーカー化するのはお門違いだし、ヤバいでしょ」

 自由とやりたい放題を履き違えた典型的なアホ学生とは思ったが、自分も人のこと言えたもんか怪しいので黙っておく。

「ストーカーというと、具体的にどんなふうに?」

 そう水を向けると、よくぞ訊いてくれたと言わんばかりに彼女は捲し立て始めた。

「大学の正門で待ち伏せしてたり、一晩中アパートの呼び鈴を鳴らしたり、郵便受けに脅迫状まがいの手紙を放り込んだり。最初は涼馬だけだったんだけど、最近は私も同じような目に遭ってて、正直なにかされるんじゃないかってビビってたんだよね。前に一度、最寄り駅で待ち伏せされて、『お前を殺して私も死ぬ』って言われたし――」

「なるほど」思った以上に事態は切迫していたようだ。

 余談だけどさ、と彼女の話は続く。

「お酒を飲むと、もう全然ダメなんだって。まったく手が付けられないっていうか。さっきの『お前を殺して私も』のときだって、明らかに酔ってる感じで。付き合ってた頃からそうだったらしいんだけど、情緒不安定になって、泣いたり喚いたりして、もう大変なんだって。まあ、お酒に強いわけじゃないからすぐに寝ちゃって、勝手におとなしくなるらしいんだけど」

 彼女になんら他意はないのだろうが、ここで登場した〝お酒〟というキーワードは、実は割と重要だった。というのも昨夜、目崎さんから得た情報を伝えるべく〝店〟を訪れた際、オーナーからこんな話を聞かされたからだ。

 ――死亡した諸見里優月について、とある筋に調べてもらったんだ。

 曰く、彼女の死因は一酸化炭素中毒によるもので、それ以外――火災による火傷・裂傷などを除き、不自然な外傷はなかったとのこと。

 ――倒れていたのはバストイレ兼用の浴室らしいが、ここで一つ重要な情報がある。

 ――火事の瞬間、おそらく彼女は下着しか身に着けていなかったようなんだ。

 これに関しては皮膚に残留していた繊維などから、まず間違いないとのこと。だとしたら当然の疑問として「服はいずこ?」となるのだが、浴室前の廊下にそれらしき衣服の残骸が見つかっているらしい。

 ――さらに、どうやら彼女は酩酊状態だったとみられている。

 血中アルコール濃度から推察するに、こちらもほぼ確実だという。飲みすぎて、吐き気を催しトイレに駆け込んだ――というのは、いちおう筋書きとして納得できる。が、はたしてその際に服を脱ぐだろうか? お気に入りだから汚したくなかったとか? でも、だからってさすがに脱がないよな。

 どれも聞き捨てならない情報ではあるが、いったいぜんたい、その〝とある筋〟とは何者なんだ? こんな情報、警察しか持っていないはず――と疑問に思ったので素直にそう尋ねてみると、

 ――世の中にギグワーカーは自分だけだとでも?

 とのこと。

 なるほど、そういうことを専門にしている〝手足〟が他にもいるわけか。話の腰を折ってすみませんでした。

 ――さらに、もう一つ。

 ――その日の夕方、彼女のスマホに公衆電話から着信があったそうで。

 しかも、それは『メゾン・ド・カーム』から徒歩五十メートルほどの距離にある公衆電話だと既に特定済みとのこと。着信があった時刻、その公衆電話を何者かが利用していたという目撃証言は出てきていないらしいが――

 ――梶原涼馬が、彼女を呼び出した可能性は高い。

 同感だ。というか、事情を知る者なら誰もがそう思うだろう。

 彼女が東松原駅へやって来たのが、その日の午後九時二十二分。駅周辺の複数の防犯カメラがその姿を捉えていたという。

 ――ちなみに、そのときの彼女の服装は目崎女史の情報と一致している。

 緩めのワイドパンツにオーバーサイズのロングパーカー、白のスニーカー、目深に被ったキャップ、そしてマスク。

 ――チェックメイトまで、あと一手ってところか。

 オーナーは金魚鉢から顔をあげ、こちらを振り返った。

 ――ってなわけで芹沢朱音の件、よろしく頼むよ。

「ちなみにその日、芹沢さんは彼氏さんのお宅を訪ねたんですよね?」

 よろしく頼まれているので、いよいよ本題へと切り込むことにする。

 あの晩、芹沢朱音が現場に現れたのは偶然か、はたまた必然か――一瞬逡巡するようなそぶりをみせたものの、黙秘や虚偽報告は不利に働くと思い直したのだろう、彼女は「そうだね」と首を縦に振った。

「謝ろうと思ったから」

「謝る?」

「その日、大学でちょっと喧嘩してさ」

 続けて語られたのは、次のような内容だった。

 曰く、学食で雑談していた二人はひょんなことから口論へと発展したという。

<第6回に続く>

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