2024年8月公開のアニメ映画『きみの色』を早くもノベライズ! 小説ならではの表現で響かせる、秘密を抱えた3人が奏でる青春の音
PR 公開日:2024/8/25
自分は人と違っている気がする。周りの期待が重くて息苦しい。自分を縛り付けるものから逃げ出したい──。もやもやする思いをひっそり胸にしまいこみ、平静を装って日々を過ごしている10代はきっと少なくないだろう。“思春期の悩み”では片づけられない、痛くて切実で、でも捉えどころのない気持ち。『映画けいおん!』『映画 聲の形』で知られる山田尚子監督の新作『きみの色』は、そんな少年少女たちのやわらかな心に寄り添うオリジナルアニメーション作品だ。2024年8月30日の公開を前に上海国際映画祭で金爵賞アニメーション最優秀作品賞を受賞し、早くも注目を集めている。
映画の公開に先駆け、このたびノベライズ『小説 きみの色』(佐野晶:著、「きみの色」製作委員会:原作/宝島社)が刊行された。基本的なストーリーラインは映画をなぞっているが、小説では登場人物の心の機微をよりこまやかに描き、内面や背景を深く掘り下げている。映画を観る前に読めばキャラクターへの愛着が深まり、映画を観終えてから読むと「この時、こんな心境だったのか」と登場人物の解像度がぐっと上がるはず。8ページのカラー口絵もついているので、映画の名シーンをたどりながら小説の世界に浸れるようになっている。
カトリック系女学校に通う日暮トツ子は、幼い頃から人を“色”で感じることができた。人はそれぞれ違った“色”をまとっており、中でも澄んだ“青色”を目にすると、トツ子の心は大きく震えた。だが、そのことを話すと両親も友達もいい顔をしない。トツ子はいつしか“色”を感じることを、誰にも打ち明けなくなっていた。
そんな中、トツ子は同じ学校に通う作永きみの“色”に目を奪われる。言葉を交わすことはなくても、彼女の美しいコバルトブルーを感じるだけでトツ子の胸は高鳴った。だが、ある時突然、きみは高校を退学し、トツ子は彼女を探して街を歩き回ることになる。
やがて、音楽関係の古書や中古レコードを扱う小さな店できみを見つけたトツ子。たまたまその場に居合わせた音楽好きの少年・影平ルイに声をかけられたことから、トツ子はとっさに自分でも驚くような言葉を口走る。「良かったら、私たちのバンドに入りませんか?」──このひと言がきっかけで、トツ子、きみ、ルイの3人はバンドを始めることになる。
自分だけが人と違うことに小さい頃から胸を痛めてきたトツ子。同居する祖母に高校を辞めたことを言えないきみ。医者を目指すよう母親に言われ、音楽活動への欲求を抑え込んでいたルイ。それぞれ秘密を抱える3人は、ルイが暮らす小さな島の古い教会で自分たちの音楽を奏でることになる。ひとりずつオリジナル曲を持ち寄り、一緒に演奏する中で、彼らの間に少しずつ友情が芽生えていく。
映画と違い、小説ではトツ子が感じる“色”も3人が奏でる音楽も文字で表現するしかない。だが、この小説では五感を震わす描写により、トツ子の感覚を、そしてバンドの音を過不足なく伝えている。3人の家庭環境、抱える悩みや秘密はバラバラの音かもしれない。だが、それらの音色が重なり合い、キリスト教の祈りやシスターの言葉が通奏低音のように響くことで、目の前で3人が演奏しているかのような臨場感を味わえる。
山田尚子監督は、映画『きみの色』について「言葉にならないものを描きたかった」と語っている。この小説でも、トツ子たちの心の揺らぎを描きつつ、言葉にできない気持ちはそのまま優しく肯定しているように感じられた。小説と映画という違いはあれど、受ける印象は不思議と共通している2作品。ぜひ、どちらもゆっくり何度も味わってほしい。
文=野本由起